永遠のアイドル・中森明菜が56歳に!その「脆さ」の正体は何だったのか。

男女問わずたくさんの人が心焦がしたであろう80年代アイドル。当時は現在と違ってアイドルたちの“素”が見えにくかっただけに「歌や芝居のイメージ=その人そのもの」と思い込み、おかしなことになってしまったファンも多かったですよね。筆者の周囲にもアイドルに心を弄ばれた人が結構いて、たとえば「薬師丸ひろ子は俺のことが好きなんだぜ!」「いや、俺のことが好きなんだぜ!」と言いながら友人と殴り合ったという男性がいましたし、マッチと結婚できないことが分かって泣き崩れたという女性もいました。そういえば筆者も小学生の頃、同級生の女の子から「みんなには内緒だけど、私、真田広之と結婚することになったの」と秘密を打ち明けられたことがありました。

ここまで熱狂的ではないにしても、1980年代に多感な時期を過ごした人なら一人くらいは心に残るアイドルがいるのではないでしょうか。無類のテレビっ子だった筆者は枚挙にいとまがないくらいお気に入りがいるのですが、その中にあっても特別な輝きを放ちながらずっと心を占拠しているアイドルがいます。おそらく、好き嫌い関係なく多くの人の心に足跡を残したであろうその人の名は……

7月13日に56歳の誕生日を迎えた中森明菜です。

松田聖子と並んで80年代アイドルのトップを走った彼女。現在は表立った活動はないものの、デビュー40周年を記念した特設サイトができるくらいファン界隈は盛り上がっています。楽曲、ファッション、言動……その魅力をここで語り尽くすのは不可能ですので、ここはひとつ筆者の明菜体験をベースにかいつまんで語らせていただきたいと思います。ファンのみなさま、どうかご容赦ください!

 

守ってあげたいツッパリ少女からオトナセクシーな歌姫へ


筆者が中森明菜というアイドルを認識したのは、恥ずかしながらデビュー曲『スローモーション』ではなく大ヒットしたセカンドシングル『少女A』からでした。この曲のインパクトが強すぎたのか、当時の彼女には“ツッパリ”イメージがついていましたよね。実のところ筆者は当時、石川秀美や早見優のような明るいスポーティ系が好みで、ツッパリ系には苦手意識がありました。それもあって『少女A』は好きだけど明菜は応援できない、秀美や優を裏切れない、という一途さを頑なに貫いていました。そうはいっても、彼女はどこか気になる存在でした。三原順子(現・じゅん子)のような他のツッパリ系アイドルにはない、ガラス細工のような脆さを感じさせたからです。

 

『少女A』以降も『1/2の神話』『禁区』『十戒』と、ツッパリイメージの曲をリリースし続けましたが、ある曲を境に筆者は彼女の見方を少し変えることになります。それが『飾りじゃないのよ涙は』でした。歌詞そのものは強気でいじらしい、従来のイメージを踏襲したものでしたが、年齢的に成人に近づいたせいかそれまでの背伸び感が消えてしまったように思えたのです。筆者の目にはもはや、必死に背伸びして世間に盾突いていたツッパリの姿は映っていません。そこには「やっぱ強くなんなきゃ生きてけないっしょ」なんて開き直っている、等身大のオトナがいました。

その後、彼女は『ミ・アモーレ』『SAND BEIGE -砂漠へ-』といったエキゾチックな曲で、まるで映画のワンシーンのような「世界観」を表現するようになります。もはやアイドルというよりアーティスト。もしくは“歌う女優”とでも形容したくなる存在になっていましたよね。続いてリリースした『SOLITUDE』ではオトナセクシーなしっとり感を漂わせてきました。時のミューズ、小林麻美サマばりのアンニュイを20歳そこそこで体現してしまうとは……恐るべしです。

ちょうどこの頃、筆者の中で明菜像が180度変わる出来事がありました。「ザ・ベストテン」を見ていたら、デビューしたてでガチガチに緊張した河合その子の手を握り、ずっと寄り添ってあげている明菜がいたのです! そっか。本当はすごく優しくて、他人の気持ちが分かる繊細な人なんだ──常々感じていた「脆さ」の正体はこれだったんだと、今となっては思います。
 

80年代を生きたことを誇りに思わせてくれる存在


そうこうしているうちに『DESIRE -情熱-』で完落ちしました。『SOLITUDE』のしっとりとは対照的な、激しいリズムに乗せた力強い歌と踊り。なにより着物をアレンジしたドレスにおかっぱ頭といういでたちが衝撃的で、初めて目にした人は茫然としたと思います。筆者も一瞬、それが本人とは認識できず「なんで楠田枝里子が出てんだ?」と混乱していました。衝撃が強かった分ボルテージも一気に上がり、それからは堂々と「明菜ファン」を公言するようになっていましたね。

 

それから彼女は、『ジプシー・クイーン』『fin』『TANGO NOIR』『BLONDE』と一曲ごとにまったく異なるコンセプトを表現するようになります。曲調だけでなく衣装や振り付け、表情まで違うものを用意し、多彩な女性を演じて視聴者を楽しませてくれましたよね。この頃になるとアイドルとしての魅力だけでなく、その高いプロ意識に引きつけられた人も多かったと思います。

「次は何を見せてくれるんだろう?」そんな期待を一身に背負ってリリースされたのが『難破船』でしたが……この曲の彼女は「本当に演じているのだろうか?」と思うくらい真に迫っていましたよね。失恋の悲しみを歌い上げるバラードですが、見ている方も息ができないくらいの重苦しさ。聞くたびに体力を奪われるような凄味が出ていました。作者の加藤登紀子さんもここまでの化学反応を起こすとは夢にも思わなかったでしょう。まさに歌手・中森明菜の真骨頂ですね。

 

『難破船』の余韻が続く中、『AL-MAUJ』『TATTOO』『I MISSED "THE SHOCK"』とこれまた異なるコンセプトの曲で楽しませてくれましたが、その一方で2本の単発ドラマに出演して女優としての片鱗も見せ始めていました。『LIAR』以降、曲のリリースはスローダウンしましたが、安田成美と共演したドラマ『素顔のままで』を大ヒットさせるなど、存在感を示し続けてくれたのはファンとしてすごく嬉しかったですね。


以上、足早に思い出をたどってみましたが、明菜の魅力ってその表現力もさることながら、ファンを楽しませるために全身全霊を捧げてしまう献身ぶりにあったのではないかと思うのです。今となっては『スローモーション』から『LIAR』までの約7年間、よくぞ我々のために身を削ってくれた! と感謝しかありません。40年近く経った今でも新鮮な気持ちで楽しめるパフォーマンスを残せるなんて並大抵ではありません。筆者を含め、彼女のおかげで80年代を生きたことを誇りに思っている人は大勢いると思います。

今年はデビュー40年目ですし、世間の明菜熱はどんどん上がっていくでしょう。これを機に、あーでもないこーでもないと自分なりの明菜論をたたかわせてみるのも楽しいのではないでしょうか。今回は泣く泣く割愛した楽曲&エピソードも多く、筆者もまたどこかで心ゆくまで語らせていただきたいと思います。寝不足、お覚悟召されよ!
 


さくま 健太
出版社勤務時は編集者としてヘアカタログ誌、コミック誌、小説誌、映像情報誌などを担当。フリーの編集者&ライターとして独立した後は、生来の“こだわりがない”性格を活かし、さまざまなジャンルの誌面&記事の作成を請け負っている。マイブームはころころ変わるが、なぜか朝ドラ視聴だけは継続できている。


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