コロナ対策“大壊滅”の根本原因…日本人の「科学無視」「楽観主義」という根深い病

加谷 珪一 プロフィール

日本も明治維新以後、日清戦争や日露戦争のように徹底した合理主義で決断が行われ、見事に成功したケースもあるが、これは近代合理主義というよりも、維新という壮絶な権力闘争を勝ち抜いたリーダーの才能に依存する面が大きかったと考えられる。その後、学校教育によって育成された昭和のリーダーたちは、学問を武器に合理主義に基づいた決断を行うことが期待されたが、彼等が日本にもたらしたのは太平洋戦争という無謀な戦争だった。

開戦直前、米国のGDP(国内総生産)は日本の11倍の規模があった。今とは異なり為替レートが硬直的なので、多少、幅があると考えた方がよいが、それにしても到底、全面戦争ができる相手ではない。当時、GDPという概念は存在しなかったものの、各種統計から今でいうところのGDPに近い指標を計算することは可能であり、実際、日本政府は両国の体力差について分析を行っている。

真珠湾攻撃〔PHOTO〕Gettyimages
 

鉄鋼の生産能力の差は約9倍、自動車の保有台数の差は200倍、発電量の差は約5倍という状況であり、どのような理由であれ全面戦争はできないという結果だったが、なぜか開戦は決断された。

旧日本軍の装備がテクノロジーの面で大きく劣っていることも、ノモンハン事件で既に証明されていたが、この出来事もなかったことにして処理されている。満州事変(あるいは桂・ハリマン協定)以降、開戦に至るまでには、多くの日米交渉過程が存在しており、コロナ対策や五輪と同様、問題が小さいうちに対処していれば、抜き差しならぬ事態には至らなかった可能性が高い。

バブルの後処理も同じである。不良債権問題について抜本的な処理が必要と主張した専門家は「不安を煽る」「日本の底力を理解していない」としてバッシングされた。日本の半導体産業が中国や韓国に脅かされ始めた90年代初頭、戦略の誤りを指摘する声はたくさんあったが、「日本の技術は世界一だ」という猛烈な声にかき消され、彼等の意見が経営に反映されることはなかった。いずれも客観的事実を無視した非科学的態度がもたらした失態といってよいだろう。

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