2021.08.15
# 発達障害

放課後デイを営む”二児の父”が「日本の学校、ヤバイかも」と思った驚きの出来事

自閉症がっちゃん(23)学校

時代が多様化する一方で

ここ最近私を悩ませている事柄がある。もっというと悩みというか、懸念している事柄である。それは「日本の学校」である。

日本の学校の何を懸念しているのかというと、みんながあたりまえだと思っている「集団行動」という名のもとの「同調圧力」である。なぜそんなことが気になるのかというと、私の運営しているアイムの福祉施設に不登校の生徒が通っているからだ。

「不登校の生徒ってここ最近増えてないか??」

数字を調べてみると過去20年で不登校の生徒の比率が1.5倍増えたらしい。不登校の理由やきっかけはいろいろとある。しかし相談にくる不登校の生徒の話を聞いていると、端的に「学校が楽しい環境ではない」ということが伝わってくる。

画一化された授業内容、硬直化した学校の校則、そしてイジメ問題。ただこれらを別の視点から見ると学校内において「多様な個性が許容されていない」ということに気が付いた。

Photo by iStoxk
 

ちょうど去年の3月のことだ。コロナ直前で私は息子の個展のためにニューヨークに滞在していた。その時にブルックリンの街中を歩いていたのだが、ある小学校の校舎に目が止まった。

「LEADERSHIP BEGINS HERE」

校舎の横にこのような文言が大きく書かれてあった。しかも小学校である。

「え!? リーダーシップはここから始まる!? すっげーなー!」

これには本当に驚いた。日本の学校はといえば、うちの近くの中学校でさえ「みんな仲良く」と書いてあるぐらいだ。

「みんな仲良し」と「リーダシップを育てる」では大きなギャップがある。子どもの時からのこの教育の差が、日本とアメリカの経済成長の大きな差の要因にもつながると思わせられた。戦後に始まった「アメリカを追いこせ!」には明確な日本のゴールがあった。行き先がわかっていれば、リーダー不在の集団行動でも大丈夫だ。

しかし日本も市場が成熟してきた。製造業に限界がきた今、新しい知的産業の行方を模索しなければならなくなった。わかりやすい目標がなくなった市場において、リーダーシップ不在は致命的なダメージだ。誰も舵をとらないし、誰もリスクをとらない。

そして残念なことに日本の教育現場はこの昭和時代から大きく変わっていないように思う。福祉現場も同じく、行政に関係するところでは時代錯誤が起きている。

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