多くの人が知らない…「不要不急」の呼びかけで窮地に陥る「こども食堂 」のリアル

高村 由佳 プロフィール

「こども食堂=子どもの貧困対策」?

こども食堂が発足したのは2012年。東京都大田区で、「気まぐれ八百屋だんだん」が「こども食堂」と名付けたのが最初だった。きっかけは「給食以外に食事を十分にとれていない子どもがいる」と聞いたことだった。

その後、報道によって「こども食堂=子どもの貧困対策」という図式が作られてしまい、「貧困で食べられない子どもたちのための場所」というイメージがついた。ただ、あくまでこども食堂は貧困の家庭のためというよりも、多様な人たちに対して開かれた場所だと湯浅さんは話す。

「実際のこども食堂の現場を見ていると、参加者に条件をつけずに運営しているところも多く、高齢者も参加しています。『食べられない子が行くところ』でもなければ『子ども専用食堂』でもありません。

私たちの地域と社会はさまざまな点で曲がり角にきていて、多くの課題があります。『人を縦にも横にも割らない場所』という包括的なこども食堂のあり方は、その課題を解決しうる潜在的な力を持っていると考えています」

 

2016年に319箇所だった数は、2020年には約5000箇所にまで増え、4年間で約16倍になった。今、こども食堂はその存在感を増している*1

しかし、社会の中で少しずつ根付き始めていた矢先、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で活動が制限されるなど、その存在自体が大きく揺れ動くことになった。

「(活動するための)地域の理解が得られないこと、そして万が一にでも感染者を出してしまったらどうしようという思いがあったことでしょう。また、『地域の公民館などが閉鎖されてしまい、開催場所が確保できない』という声も聞かれました」(湯浅さん)

関連記事