女性学のパイオニアである東京大学名誉教授の上野千鶴子さんと、大学時代にキャバクラ嬢やAV女優を経験し、東京大学大学院修了後に日本経済新聞社勤務を経て、作家として活動する気鋭の批評家・鈴木涼美さんの往復書簡をまとめた本、『往復書簡 限界から始まる』が話題だ。

出版後、TwitterなどのSNSでは「考えさせられた」「思い当たる節がある」など男女問わず、様々な声が溢れた。

男性に消費される職業をあえて経験しフェミニズムを客観視する鈴木さんと、フェミニズムの最前線を走り続ける上野さん。対話を経て、鈴木さんが感じたこれからのフェミニズムとは。

 

尊敬もされたいし愛されもしたい世代

――鈴木さんの手紙のなかの「『可愛がられて尊敬される』ために私には、高い学歴とAV女優の肩書きが必要でした」という一節が印象的でした。このような発想は上野さんの時代にはなかったように思います。

鈴木:会社員をしていた頃、まさに「仕事に生きている」という真上の世代の優秀な女性の先輩たちをたくさん見てきました。私は1983年生まれですが、女性の社会進出が当たり前になった後の世代なので、男だらけの職場で道を切り開いてきた仕事命の先輩たちの人生を尊敬はするけれど、自分がなりたいか、と考えたときにはそれだけではちょっと寂しい気もします。

一方で、これだけ男女参画社会が叫ばれる今、夫の成功を後押ししながら自分を磨くかつての「(雑誌の)VERYな妻」になりたいかというとそうでもない。男性に選ばれて上昇婚を目指す女性たちのバイブルだった『JJ』(光文社)が月刊発行を終了するくらいです。

仕事だけでも家庭生活だけでも物足りない。尊敬もされたいし愛されもしたい。みんな当たり前にどちらも欲しがっています。高度に発展してしまった脳を満足させるためには、「恋愛」「結婚」「仕事」というような項目の記載のある幸福シートにチェックを入れていくだけだとダメなのだろうと。

自分が子育てに集中している時だったらバリバリ働いている人たちはキラキラして見えます。一方、働いている人は子どもの写真の入った年賀状を見て「自分は寂しいな」と思う。自分が自分の意思で選んだにもかかわらず、「選ばない選択肢もあった」という思いによって承認欲求の幅が広がっている気がします。