硬式テニス部とメシア様に出会う

その後も、薄いグレーの霧に包まれたような世界で、死んだように生きながら、地元のみんなが行く地元の高校へ進学。そこで出会ったのが、硬式テニスと救世主メシア様だ。メシア様はたった1年しか私たちの学校にはいなかったが、だからこそのカリスマ性と圧倒的青春エピソードを残し、私たちの伝説となった(未だに年賀状のやりとりをしているが)。

中学の軟式テニス部の同級生全員、そっくりそのまま、高校では硬式テニス部に入部した。田舎の地区大会でも勝つか負けるかぐらいの部だったが、明るくフレンドリーな3年生と、中学でも一緒に軟式をやっていた2年生の先輩がいた(フレンドリーもなにも小さいコミュニティだから、元々みんな顔見知り)。

写真提供/バービー

私たちの入学と同時に赴任して来て、テニス部の顧問になったのが、黒田先生だった。黒田先生は、東京の大学で強い選手だったらしい。高校生の私には、「東京ですごかった」というだけで、何がどうすごいかはよくわからなかったが、すごいのだと思っていた。インカレに出て、北海道では聞いたことのない時給でテニスコーチをしていたということは覚えている。

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すごい顧問に大事な1年目の基礎を教わった私たちは、最初の地区大会で優勝した。黒田先生と私たち1年生から放たれる熱血青春オーラのせいか、成績のせいか、3年生が引退してすぐ、2年生もみんな辞めてしまった。むしろ、私たちと黒田先生の熱にはさらに火がついた。