2021.08.27
# 野球

オリックス・宮城大弥「極貧生活からのひたむきな挑戦」が胸を打つ

週刊現代 プロフィール

がむしゃらに野球に取り組んだ宮城は、中学校進学とともに地元の強豪クラブチームである『宜野湾ポニーズ』に入る。

強豪校進学を目指す選手の多いクラブチームでは、遠征で選手が各地を飛び回ることも珍しくない。当然、その分カネもかかる。

年間80万円ほどになる費用は、宮城家に重くのしかかった。6畳一間から抜け出すために貯めていた引越し資金も、宮城の活動費に消えた。

「大弥に、『このままの狭い家でいいのか』と聞いたことがあります。すると大弥は、『野球ができるならこのままでいい』と迷うことなく言い切りました。そこまでの情熱があるのなら、どれだけお金がかかっても送り出すのが親の務めでしょう」(亨さん)

それでも、現実は甘くない。遠征費を払うことができず、支払いを待ってもらったことが幾度もあった。

 

何とか工面して部費や遠征費を支払っても、宮城家の事情を知る周囲の保護者から「宮城さん、どこから盗んで来たの。明日の新聞載らんよね」と泥棒扱いされ、家族は悔しい思いをしたという。

宮城の存在によってレギュラーから外れた選手に、嫌がらせを受けたこともあった。

「大弥は入団後、周りの選手を抜いてすぐにレギュラーになったので、チームでも目立つ存在だったようです。それに加えて貧乏ときたものだから、格好のいじめの的でした。

上履きが便器の中に入っていたこともありました。それでも大弥は弱音を吐いたり、下を向いたりすることはありませんでした。幼い頃から我慢強く、切り替えが早い子でしたね」(礼子さん)

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