隠すことでコンプレックスは拡大することも

数年前の夏に、今はなきファストファッションブランドの『Forever21』で買い物をしていたときのこと。店内を物色していると、ある女性がギョッとした顔で私の足をジロジロ見ながら、軽蔑したような表情で顔を歪めた。彼女が私に対して本当は何を思っていたのか分からないし、自意識過剰かもしれないが、その時わたしは太ももの出るショートパンツを履いていたので、それに対して驚いていたように見えた。

女性ファッション誌のダイエット特集やエステ広告などが「脚ヤセして自信を持ってショートパンツを履こう!」などと提唱する価値観的には「太った女性が着るはずのないファッション」を私はしていたことなる。

以前のように、自分の体にコンプレックスを抱いていた私なら、その女性からのネガティブな視線に傷付いて「ほらやっぱり私は醜い。もう二度とショートパンツなんか履かない!」と思っていたかもしれないが、このときすでに私は、私の体を肯定的に捉えるようになっていたので、他人の体をジロジロ凝視してくる彼女に対して、ただただ失礼だなと思い、逆に驚いた。

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またあるときは、男友達が私の二の腕を見て「その傷みたいなやつ、どうしたの?」と心配そうに質問してきたこともある。私の二の腕には、体重変動したときに出来た肉割れ線がいくつも白くクッキリと残っているのだ。

肉割れの仕組みについて説明すると、彼は「へ〜そうなんだ、初めて見た」と納得していた。こういった指摘も、関係性によっては不快になるものかもしれないが、私は嫌な気分にはならなかった。相手は友達だし、嫌味で言ってきたわけではなく、彼は純粋に肉割れ線の存在を知らなかったのだ。

以前の私は自分のからだを「太っている=醜い」「美しくないものは隠すべきだ」「他人に傷付けられないようにならなければ」と思ってネガティブな声に敏感になっていたが、そもそも私の体を醜いと指摘してくるような人や傷付けようとしてくる人とは仲良くなる必要がないし、コンプレックスは、あんがい他人から見ると「たいして気にならないこと」だったりもする

そして本人が気にしているコンプレックスそのものよりも、「コンプレックスを気にする仕草」「隠そうとすること」のほうが相手に違和感をあたえたり、心理的距離を作っている場合だってある。そう、私自身体型カバーのつもりで着ていた服に対して「なんかいつもダボダボの服着てるよね」と指摘してきた先輩の言葉が頭をよぎる。このケースも相手は何気に違和感を持っていたのだろう。

これも22歳の頃の写真。夏でもシルエットを拾わないように、Tシャツにタンクトップを重ね着。ダボダボしかチョイスがないと思っていた。写真提供/吉野なお