味方は身近にもいる。着たいものを着る処方箋

狩猟採集社会ではない現代の日本では、みずから身体を駆使して狩りをしたり食物を育てずとも、スーパーに買い物に行けば食べ物はあるし、スマホをタップするだけで玄関前まで食べ物が届いたりする。何日もかけて歩かずとも、車や電車のおかげで快適な長距離移動もできる。

便利になった社会では、昔のように筋力を使い、自分の体の機能や感覚を重視して生活する機会が減った。そして、身体能力よりも目に見える二の腕の太さや体の姿形に対して一方的な評価をし、それにあーでもないこうでもないと不満をぶつけているのは、現代ならではなのかもしれない。

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そもそも私たちの身体は私たちに嫌がらせをしたくて脂肪を蓄えるのではなく、進化の過程で私たちを少しでも長く生き延びさせるために脂肪を蓄える機能を身につけたのに、「太った体は醜い」と表現して嫌悪してきたなんて、冷静に考えると、何だか申し訳ない気持ちになった。

今は私は自分の体を「美しいと思うから好き」というよりも、「自分の体だからこそ味方でいてあげよう」と思っている。

具体的には、「食べると太るから何も食べない」という極端なダイエット思考は異常な過食衝動をもたらして心身の調子を崩すので「栄養があって心が満足するものを食べよう」と思うようになり、「痩せなきゃ、カロリー消費しなきゃ」という強迫観念からやっていた運動も、今は「体を動かすと気分が良いからやろう」と思えるようになった。

こんなふうに以前と異なる価値観に変わったのは、私自身が自分を認めようと思ったことももちろん大きい。でもその上で、私を傷付けたり否定せず当たり前に受け入れてくれている人の存在に気づいたことも大事なステップだったように思う。元々周りにいた友達もそうだし、モデルになってからは、同じようにプラスサイズのファッションを楽しむ友達もできて、「太っていることそのものより、自分で悲観することが自分を苦しめていた」「私は自由にファッションを楽しんでいいのだ」という思いが、もっと強くなった。

もういい加減、コンプレックスにとらわれる人生に飽き、勇気を出して自分の好きなファッションを自由に楽しみたいという人がいたら、提案したい克服方法がある。私の経験上、コンプレックスで悩む人が「気にすることないよ」といくら周りに言われても、本人はなかなか自分を肯定出来ない。過去に傷付いた経験や社会の価値観の影響などから、「否定されたり傷付けられるのが怖い」という気持ちの方が強いからだ。

だからまず、やってみて欲しいことは、自分の好きなものを自分に許すことと、仲の良い友人・知人の前で、少しずつそんな自分をさらけ出す練習をすることだ。でも、まだコンプレックスを隠すほうが安心だとか、さらけ出す必要はないという人もいるので、無理してやる必要はない。

たとえば、ノースリーブの服を着たいのならー、
「実はずっと二の腕がコンプレックスだったんだけど、克服したくて、人前でノースリーブの服着てみたいんだよね。今度◯◯ちゃんに会う時に、練習がてらノースリーブ着て行こうと思う」と宣言をしてみる。

どういうリアクションをされるかは、話してみなければ分からないが、突然ノースリーブの服を着て行って友達の反応に怯えるより、そうやって先に宣言すれば、相手がこういうチャレンジに肯定的かどうかの価値観もわかる。

否定されない状況下でノースリーブを着てみて、心と体の安心経験を積む。そして少しずつその人の前以外でもノースリーブを着る時間を増やす。そんな練習をしていけば、自由にファッションを楽しめるようになるかもしれない。

もし現状で、まわりに自分を否定してくる人しかいないのなら、インターネット上の繋がりでもいいので、同じような価値観の人がいる新しいコミュニティに飛び込む勇気も必要だと思う。

自分が身にまとうものに関して、「どうせ◯◯でしょ」「◯◯でなければ」という古いフィルターを使い続けて不自由な服を選んでいたら、その価値観は一体誰が決めているのものなのか、改めて考えてみてほしい。

「二の腕は隠すもの」というフィルターを外しただけで見えるものが変わってきたとなおさんはいう。写真提供/吉野なお