肺がんだけではない。たとえば、日本人に多い胃がんについてもウソがまかり通っている。日本の専門家が胃がん検診の科学的根拠にあげているいくつかの調査データは、この肺がん検診についての調査と同じスタイルで行われたもの―岡田氏はそう断じるのだ。
日本人間ドック学会による『人間ドックの現況』('08年版)によれば、人間ドックの年間受診者数は1日コースが全国で約280万人、2日コースが約25万人。日本人の"検診信仰"を如実に表す数字だろう。
欧米には人間ドックという考え方そのものがない。目的もなくただ漠然と検査を行ってもコストがかかるばかりで無意味、という意識がその根底にあるからだ。冒頭の渡辺利夫氏は、人間ドックに通っていた頃の心理をこう述懐する。
「一種の確認恐怖症になっているんですね。検査で数字を確認しないと気が済まなくなっている。しかも、健康を確認したくて検査を受けていながら、その一方で異常値がないと逆に落ち着かないという矛盾も同時に孕んでいるのです。こんな心理は人間ドックを受けなければ生まれません」
行けば行くほど二次がんに
こんなデータもある。OECD(経済協力開発機構)によると、1年間に病院に通う数字を各国で調べたところ、日本は13.4回でトップ。福祉先進国と言われるスウェーデンはわずか2.8回だった。
「スウェーデンは、治療よりも生活習慣などの予防医学に力を入れている。一方、日本は何でもかんでも病院に行き、検査を受ける。病院や人間ドックで『要精密検査』と判定されたからといって、すべてがただちに治療が必要というわけではないのです。
正常と言えないまでも、放っておいてかまわない異常もある。ところが、要精密検査と言われて病名をつけられると、そのストレスから体調を崩してしまう人も少なくないのです」(前出・岡田氏)
人間ドックの検査で特に問題視されるのは、レントゲン検査だ。会社や自治体などで行う一般的な健康診断では、胸部エックス線写真は1枚だが、人間ドックでは2枚撮る。また、食道や胃のレントゲン検査ではがん検診が7枚なのに対し、人間ドックは8枚以上。当然、放射線の被曝線量は多くなる。
「食道や胃の場合、人間ドックの被曝線量は通常のがん検診の4~5倍。胸部レントゲン検査と比べると、800倍前後にもなる。そのため人間ドックを毎年受けている人たちは、二次がん(医療が原因となって起こるがん)になりやすく、そのことが人間ドックで見つかるがんの割合をさらに押し上げてしまうという傾向もあるのです」(岡田氏)
がん発見後の治療も問題だ。岡田教授が続ける。
「腫瘍にも種類があり、そのまま放っておいても進行しないものも数多くあります。ところがいまは、すぐさま強制的に切除などの治療に移る。
治療前に悪性腫瘍かそうでないかを病理医が判定するのですが、じつはその判定も主観に頼る部分が多く、必ずしも科学的とは言えません。ですから、それが本当に必要な治療だったのかどうか、わからない部分があるのです」