2021.09.04

「左翼政党は“エリートのための党”になった」は本当か? その問題を考えるための「様々な前提」

網谷 龍介 プロフィール

(5)「ジレンマ」の不可避性

このように一つの社民政党・左翼政党が複数の社会集団から同時に支持を獲得することは難しい。

ホイザーマンの新しいワーキングペイパーは2014年と2019年の西欧11か国のサーヴェイデータを使用して、社民党及び左翼政党ブロックの最適戦略を検討している。まず確認しておくべきは、支持層の重複度である。平均して緑の党支持者の3割強、急進左翼政党の四分の一強が潜在的な社民支持者であるのに対して、穏健右翼支持者の中の潜在的社民支持者は2割弱、急進右翼支持者の中の潜在支持者は1割強にとどまる。

つまり、「労働者」に属する支持者がいるからと言って、急進右翼に接近して集票することはそもそも成功確率の高い選択ではない可能性がある(ただしここではデンマークが例外となっている)。逆に社民からの潜在的な票の「流出可能性」も緑、急進左翼、穏健右翼、急進右翼の順となっている。

 

このような双方向の票の移動の潜在的可能性を検討することで、各国ごとの最適戦略が検証されている。それによれば緑の党への接近が利得をもたらすのはオランダ、オーストリア、ドイツ、急進左翼への接近が利得をもたらすのはフランス、デンマーク、スペイン、オランダ、中道化による利得があるのはフランス、オランダであり、急進右翼への接近によって利得が想定される国は存在していない。実際、移民政策の厳格化によって「勝利」したかに見えるデンマークについては、それによる急進左翼へ流出が大規模に推測されている。

このような研究の成果を基に、ホイザーマンやアブ・チャディはドイツ社民党系の財団(文化機関兼シンクタンク)であるフリードリヒ・エーベルト財団から「社会民主主義政党の戦略オプション」「潜在支持層における進歩的プログラムの反響」「急進右翼への支持者流出という神話」「労働者階級に見捨てられたのか?」という4本の政策ペイパーを公刊している。

そこでは、社民政党の支持者から急進右翼に流れた有権者の規模は小さく、むしろ大きな流出先が緑の党と穏健右翼政党であることが指摘され、近年の支持の低下の主要な原因は、教育をうけた中間層での支持率低下にあるとされる。

そして中道化戦略や急進右翼への接近もいずれもリスクが大きいのに対して、緑への接近や急進左翼への接近には差し引きでも得票を上積みする可能性があり、しかもその二つの戦略が矛盾しないことが指摘される。

ただしこれは、あくまでも社民政党単体で考えた時の得票最大化戦略である。つまりこの戦略によって、中道票が穏健右派に逃げる可能性があるため、左翼ブロック全体での得票は減少する可能性がある。

それゆえ、この政策ペイパーはこのように結ばれている

左翼政治セクターが政策に関して持つ交渉力を最大化するためには、社会民主主義者は自らを「生贄の山羊」として差し出す必要があるかもしれない。多くの有権者を左翼社会主義政党ややエコロジー政党に明け渡すという血を流しながら、自らはいくばくかの有権者を中道右派政党から削り取る中道戦略を粘り強く選ぶのである。

やや悲観的なこの結論に同意するかどうかは別として、この政策ペイパーが経験的研究を基礎としたものであることが重要である。

現在の社会状況の下での政治的対抗については、既に一定の経験的研究が蓄積されており新たな研究が次々と生み出されている。それらの研究は、選挙結果や世論調査データ、政党の政策位置の推定データといった以前から利用されていたデータに基づくだけではなく、近年急速に進展している実験的手法などの新たな方法で、有権者の間にある多様な相違や、有権者の属性の与える投票行動への様々な影響を明らかにしようとしている。

このような研究蓄積を踏まえずして、「労働者 対 中間層」「経済的争点 対 社会文化争点」といった単純化された図式のみで論を進めることは、知的に不適切なだけではなく、政治的にも危険であろう。

関連記事