12歳から、バレエへの“片想い”が始まった

母に連れられ、姉と一緒にバレエ教室の門を潜ったのは、4歳のときだった。もともと人見知りだったので、知らない環境で、知らない人たちの中で、よくわからないことをやるのが怖くて、教室のある日は、「行きたくない」と言って毎回泣いた。

「当時私をレッスンに連れていくのに、母はものすごく苦労していたと思います。でも、不思議なもので、レッスンに行って、クラシックの音楽に合わせて体を動かしてみると、それまで『嫌だ』とか『怖い』なんて抵抗していたことをすっかり忘れて、『あー楽しかった!』と思う。でも、また日常に戻るとそのことを忘れて、次の週には『嫌だ!』って言うんですが(笑)。『行ったら楽しい』という状況が毎週毎週積み重ねられていって、小学校に入った頃には、『バレエって楽しい!』って思うようになりました」

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頭が拒絶していたのは、知らない環境で、知らない人たちに囲まれること。でも、バレエ教室に行きさえすれば、頭を空っぽにして、体を動かす楽しみに没入できた。「楽しい」という理由だけで続けていた習い事だったが、12歳のときに出会ったバレエ指導者の言葉で、初めて「プロ」というものを意識した。

「『あなた、そのままじゃプロになれないよ』と、先生にハッキリ言われたんです。最初は『なんでそんなこと言うんだろう? 私は楽しくてやっているだけなのに』と思ったんですが、そこから『はっ』となって……。私、元々すごく負けず嫌いなんです。でも、とくにバレエ向きの体型でもない自分が、そこで負けん気を発揮したところで、闘えないこともわかっていた。だから、闘うことから逃げていた。自分の才能のなさを努力で補うとなると、毎日毎日が勝負になる。それまで頭の中ではわかっていて、でも無意識のうちに蓋をしていた現実を目の前に突きつけられて、私の中に執着心が生まれました。それまでは楽しくてホワホワやっていたのが、今諦めたら負けだという気持ちが」

そこから、「どうやったら、昨日より良くなるかな?」「どうやったら、昨日より1回転多く回れるかな?」ということを考えるようになった。

「なんというか……バレエに片想いしてるみたいでした(笑)。すごく好きで好きで、情熱は溢れているのに、それを表現しようとすると空回りしてしまう。でも諦められない。その繰り返し。自分はすごく下手くそなんだということを受け入れる必要もありましたし、12歳でプロを目指すのは、遅いこともわかっていた。毎日毎日が真剣勝負だったけれど、とにかくバレエに熱中できたことは、今になって振り返ると、すごく大切な時間だったと思います」

Photo by Aya Kishimoto
いしばし・しずか
1994年生まれ。東京都出身。15歳から4年間のバレエ留学から帰国後、2015年の舞台「銀河鉄道の夜2015」で俳優デビュー。NODA・MAP「逆鱗」(16年)に出演。初主演作「映画 夜空はいつでも最高密度の青空だ」で第60回ブルーリボン賞新人賞を受賞。近作に映画「あのこは貴族」、ドラマ、「この恋あたためますか」「大豆田とわ子と三人の元夫」などがある。