2021.09.18
# ライフ

日本人はもともと「仏壇」を供養していた…意外に浅い「墓参り」の歴史

島田 裕巳 プロフィール

「仏壇」が供養の対象だった庶民

そうした状態になるので、その上に石塔を建てるわけにはいきません。目印として木の墓標を建てるだけです。

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民俗学では、こうした墓のことを「埋め墓」と言い、それとは別の場所に詣るための墓を設けたものを「詣り墓」と呼びます。その村でも、詣り墓が別にありました。ただ、調べてみると、古いものであれば、「親分」と呼ばれる村の中心的な家の墓が大半を占めていました。

つまり、詣り墓を造るのは村の有力者の家だけで、一般の家では、埋め墓に埋葬して、それで終わりだったのです。どの家にも墓があるわけではなかったのです。

そうなると、亡くなった人は供養されなかったのでしょうか。墓がなければ墓参りもできない。今ではそのように考えられることでしょう。

そんなことはありませんでした。

 

そうした時代には、墓で先祖の供養を行うのではなく、それぞれの家にある仏壇が供養の対象になりました。どの家でも墓を造り、墓参りを行うというのは、火葬が普及してからの習俗なのです。

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