誰も責めないやわらかさがあった
CMは、今から何が起こるのかわからない、サスペンスのようなシリアスさも魅力だけれど、子どもが読むものという観点で絵本化を進めると、病院のシーンをどうしても入れられなかったと黒井氏は言う。
「何度も病院のシーンを描いてみたんですが、全体の流れの中でうまくその絵を入れられなかったですね。医者が出てくると現実的すぎるというか、深刻になりすぎてしまう」(黒井氏)
そして、絵本でも黒い絵を何枚も描くシーンが続き、そんな男の子を周囲の人たちが見守る一見シリアスな場面が続いていくが……。
よく見ると彼らの表情は、心配そうではあるものの、決して男の子を否定していない。教室で手元をのぞきこむクラスメイトや、兄や両親、祖父母といった家族の表情も、黒井氏が注意深く描いた、CMよりもやわらかさのあるトーンだった。

「黒井さんの絵を見たとき、ああ、ユーモラスってこういうことだったのかと、ようやくわかりました。この絵本には誰も責めないやわらかさがあるんです。やさしく諭すような。黒井さんの包容力がそうさせているんだと思います。そして絵本にするなら、こうじゃなくてはとあらためて思います。」(高崎氏)
ぼくをこの世界につれてきてくれてありがとう
黒井氏は、CMとの出会いから10年以上にわたって表現を追求し続けるが、2013年、ようやく絵コンテを完成させる。その絵コンテを元に、高崎氏もまた、新たなテキストを書き下ろした。そのとき生まれたのが、最後の「この世界にぼくをつれてきてくれてありがとう」というクジラの言葉だ。
「『子どもから、想像力を奪わないでください』というCMの一文は、広告として成立させるために、最終的に足したものでした。子どもが読む絵本には、この言葉はふさわしくない。
別の着地点を考えたときに浮かんだのが『この世界にぼくをつれてきてくれてありがとう』だったと思います。でも確かにこれは僕が書いたテキストだけど、黒井さんとの初対面のときに、この言葉にたどりつくような何かを言われた記憶があるんですよね。
はっきりとは覚えていないけれど、黒井さんに『こっちだよ』と導かれるままに、つれてこられた感じがしています(笑)」(高崎氏)