笑顔の強制、排せつ物のチェック…「分かる」認知症の人たちの辛すぎる現実

認知症の私から見える社会(6)
39歳でアルツハイマー型認知症と診断されて8年、全国を飛び回り、300人を超える認知症当事者と対話し続けている著者、丹野智文。彼だからこそ書けた当事者の「本音」、そしてよりよく生きていくための著書『認知症の私から見える社会』から注目の章をピックアップしてお届けします。
認知症当事者700万人時代を迎え、すべての人のすぐ隣にある世界をもっと知るために。

最大のバリアは人

「認知症になると何もわからなくなる」と言われます。つい最近も「認知症の人は何もわからないので幸せですよね、大変なのは家族ですよね」と介護関係の専門職に直接言われました。

いまだに専門職の人ですら、このような認識を持っている人がいるのです。このような失礼なことを言われたら当事者は嫌な思いをします。

Photo by iStock
 

なぜ、当事者が嫌な気持ちになると考えないのでしょうか。認知症の症状はあっても、その人自身は何も変わらないのに、専門職が偏見を持っていると感じています。
「認知症バリアフリー」という言葉が使われることがあります。車椅子に乗っている人のバリアに段差があるように、「認知症のバリア」は何かと考えた時、認知症の最大のバリアは「人」だと感じました。支援者や家族を含めた「人」が障害(バリア)となるのです。

当事者はどこにも一人で自由に行くことができません。実際は一人で行ける人も多いのです。でもなぜか家族と一緒でないとダメとなってしまうのです。相談に一人で行ったとしても、「家族の話も聞きたいので連れて来て」と言われてしまいます。

当事者も一人で出かけて自由に過ごせる時間や場所が欲しいのに、「誰かと一緒じゃないと何かあった時に責任がとれない」と言われ、常に誰かと一緒に行動して欲しいと言われてしまいます。家族にしても、自分の時間が必要なので、いつも一緒にはいられません。そして、「一人にしておくことが心配。自分の時間が欲しい」ので、認知症の人が家族と離れても安心して過ごせる介護施設へお願いしてしまうのです。

家族は当事者に対して「目が離せなくなった」と言います。それは周りに迷惑をかけてはいけないという想いからくる心配です。当事者の行動を把握できていない自分への不安を解消するために、目が離せないのです。そして、自分が安心するために「助けてあげなければ」「支援につなげてあげなければ」となります。それは、家族だけではなく、支援者も同じで、すべては、「やさしさ」からの行動なのですが、その「やさしさ」が当事者を傷つけています。

支援者の存在や、当事者や家族が参加できる場の存在は大切だと思います。しかし、支援者は「当事者がどのような想いをしているのか」を中心に考えて欲しいと思います。関わる人たちの「認知症だからできない」「認知症だから助けてあげないといけない」「認知症だから家族が大変」などの気持ちが変わらなければ、当事者が安心して過ごせる場所にはなりません。

人は一人では生きていけません、だからこそ人の存在は大切でバリアになってはいけないのです。バリアではなく、一緒に楽しむ仲間になり、私たち当事者と一緒に楽しんで欲しいのです。

関連記事