上空の大気の状態を調べる高層気象観測
時代が太平洋戦争のころまで下ると、気象観測と予報は、軍事作戦上の重要な情報となっていました。アメリカ軍は、爆撃機の離・発着を支援するため上空の気象観測システムである「ラジオゾンデ」を車載して野戦用に使っていました。戦後になると、ラジオゾンデは日本にも導入され、日本で十数か所、世界で1000か所を超える高層の気象観測が始まって、予報技術は「地上・高層天気図時代」へと移行しました。
筆者(古川)は、まだ駆け出しの昭和37年(1962)から2年間、本州最南端の「潮岬測候所」でラジオゾンデを用いた高層気象観測に従事していました。毎回、ゴム気球に水素ガスを封入して、気圧計や温度計などのセンサーを吊るし、観測データと風船の経路を無線で追跡するシステムです。約30kmの上空までの観測が可能で、最後は気球が破裂して、観測は終了となります。

天気予報番組で、よく「今日は大気が不安定で、午後からにわか雨があるでしょう」などと報じられるのを耳にするでしょう。「不安定」とは、上空に寒気が侵入して通常に比べて冷たくなると、日射や山岳の影響でちょっとした上昇気流が発生し、激しい大気の対流が起きて雨雲が発生する状態です。上空へ寒気が侵入することは、「エマグラム」を見れば一目瞭然なのです。
高層気象研究の進展で発見された"台風を流す風"
また、高層気象観測網の充実と世界的なデータ交換の実現によって、偏西風や高・低気圧の動向の研究が進んで、上空の気圧の谷と地上の移動性高気圧、温帯低気圧の発達の関係、台風に関しても「台風は上空の風に流される」という「指向流」と呼ばれる経験則も得られて、天気予報に利用されるようになりました。

高層大気を知ることは、天気予報の大きな武器となりました。とはいえ、その判断を行うのは予報官であり、依然として天気図をベースにした予報官による主観的技術の時代が続いていたと言えるでしょう。