2021.10.06
# 学校・教育

「変え方がわからない」…“時代遅れのブラック校則”がなくならない「日本の特殊事情」

米仏との比較から考える

染髪していない証拠として地毛の証明書を提出させる、下着の色まで細かく指定するといった「ブラック校則」が問題視されるようになって久しい。しかし、日本において校則なるものがいかにして成立し、運用されてきたのかという歴史が顧みられることや、他国と比較してどんな特徴を持つのかという視点はこれまで十分とは言えなかった。『校則を考える ―歴史・現状・国際比較』を著した武庫川女子大学・学校教育センター准教授・大津尚志氏に日本の校則の何が問題なのか訊いた。

 

30年前より校則に対する納得感は高まっている

――日本の校則のどこが問題ですか。

大津 不要だと思われる決まりがありすぎることです。もちろん「校則を全廃して100%自由にすべき」とまでは思っていませんが、服装や髪型について「前髪は眉にかからない程度」といった細かすぎる規定のある学校が少なくありません。学校はそもそも学力を付ける場所なのに、勉強以外の部分にエネルギーと時間を浪費しているのは本末転倒です。

ただし、ネットで「校則がブラック化している」などと言われていることに関してはやや誇張して語られている部分もあり、冷静にならないといけません。

[photo]iStock

――というと?

大津 加治佐哲也氏が1988年に宮崎女子短期大学の一年生を対象に実施した「中学校・高等学校の校則に関する調査」と比較するために、武庫川女子大学・同短期大学部の1年生を対象に2019年に私は同様の質問に基づく調査を行っています。これによると、たとえば高校時代の「校則に納得していたか」という問いに対して「大いに納得していた」+「だいたい納得していた」の比率は88年には41.7%でしたが19年には62.2%に上昇していました。

――なるほど、最近の方が納得感は高まっていると。

大津 少し歴史的な流れを説明します。70年代後半から校内暴力がかさんになり、それを押さえつけて教師の権威を取り戻すために校則が厳しくなっていきました。「髪型はきちっとしなさい」と言っても「『きちっと』ってなんだ」と言われるから「前髪は眉にかからない」と細かく規定するようになった。それが、どんどんエスカレートしていったと考えられます。

しかしそれが行きすぎだということが意識され、事件や裁判が相次いだことなどから、文部省(当時)は89年に校則見直しの指示を出し始めます。つまり88年調査は、この校則見直し以前の感覚を反映したものです。

もっとも、あくまで校則を作るのは学校であり、学校の管轄は教育委員会です。文科省は強制力のある指導はできません。けれどもそれなりの効果はあり、その成果が2019年における納得感の向上につながったと言えます。

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