2021.10.06

ヒトラーを評価する視線はどう変わってきたか、「第二世代」からのバトン

芝健介『ヒトラー 虚像の独裁者』を読む

アドルフ・ヒトラーの評伝『ヒトラー 虚像の独裁者』(岩波新書)が刊行された。新書にしては分厚めの同書、どのように読めば内容をより深く理解することができるのか。日独を中心としたメディア史を専門とする京都大学教授の佐藤卓己氏が解説する。

 

ヒトラーと「世代」

この不安定な時代に、信頼できるコンパクトなヒトラー評伝が刊行されたことをまず喜びたい。著者・芝健介(1947-)は「あとがき」をその恩師・西川正雄(1933-2008)が訳したG・W・F・ハルガルテン『独裁者』(岩波書店・1967)の「擬似革命独裁」論の魅力から書き起こしている。

もちろん、戦前のベストセラー、澤田謙『ヒットラー伝』(大日本雄弁会講談社・1934)を嚆矢としてヒトラー存命中からその評伝は日本でも読まれてきた。しかし、歴史研究者によるヒトラー評伝が日本で書かれ始めるのは1960年代以降のことである。

本書の主要参考文献に名前が挙がっている日本人研究者でいえば、村瀬興雄(1913-2000)の『ヒトラー』(誠文堂新光社・1962)、山口定(1934-2013)の『アドルフ・ヒトラー』(三一書房・1962)、三宅正樹(1934-)の『ヒトラー』(清水書院・1974)などである。さらに、私(1960-)の恩師・野田宣雄(1933-2020)の『独裁者の道』(文藝春秋・1969、のち『ヒトラーの時代』と改題)などを加えてもよいだろう。

大正生まれの村瀬を除けば、西川・山口・三宅・野田はいずれもヒトラー政権が成立した1933年に前後して生まれたドイツ現代史研究者である。政治的スタンスとしては左右に分かれていたとしても、ヒトラー現象を軍国日本の少国民として体感した世代である。これをドイツ現代史の第一世代と呼ぶとする。

そして、戦後生まれの第二世代の旗手として斯界を牽引してきたのが本書の著者である。第二世代が同時代人として体験したのは戦後民主主義だったはずだ。くわえて言えば、研究者としての自立期に「ベルリンの壁」崩壊を経験した私などは、「記憶」としてナチズムと戦後に向き合った第三世代に含まれる、はずであった。はずであったというのは、私自身が現代ドイツ史からメディア史へ研究の軸足を移したためである。

私自身は現代ドイツ史の第三世代となる道よりも、「記憶の歴史学」でもあるメディア史の第一世代となる道を選んだ。「選んだ」といえば主体的に聞こえるが、「逃げた」のかもしれない。私がドイツ現代史を学び始めた1980年代は、まだ現役だった第一世代の研究成果が眩いばかりの百花繚乱を迎えており、第一世代の「体験」や第二世代の「批判」をさらに乗り越える展望がまだ見いだせなかっただけかもしれない。

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