2021.10.09
# 気象 # 環境

真鍋淑郎さんをノーベル賞に導いた「現象の本質を見極める力」とは?

誰よりも早く温暖化を予測できた理由

日本出身の科学者として、6年ぶりのノーベル物理学賞に輝いた真鍋淑郎さん。20年前からその栄誉を待望し、取材経験もあるサイエンスライターで、東京大学特任教授の保坂直紀さんに速報レポートを書いていただきました。気候学の世界を半世紀にわたってリードしてきた真鍋さんのすごさとは? 日本の科学界にいま最も必要なものが見えてきます。

「熱くなる」ニュース

その日の午後7時ごろ、在宅勤務の仕事をそろそろ切り上げようと思ってメールをのぞくと、新聞社からの速報が。そこには一言だけ「ノーベル物理学賞に真鍋淑郎さん」と書かれていた。10月5日。ノーベル物理学賞の発表日のことだ。

あわてて居間に行き、テレビのニュースをつける。たしかにやっている。

「あ、あの真鍋さんがノーベル物理学賞に決まった。ずっと前から受賞して当然だと思ってたんだ。でも気象分野でノーベル賞は無理って感じだったから……」

そのようすを見た息子は、「珍しく熱くなってるね」と。そう、私は熱くなっていた。ついに来たか……。

いまから20年近くも前、新聞社で科学記者をしていたころのこと。気象学者の真鍋さんがノーベル物理学賞に決まった場合に備えて、原稿を準備したことがある。いわゆる「予定稿」というものだ。

気象学の分野にこの賞が与えられる可能性は「まずない」と思ってはいた。だが、気象のような複雑な自然現象を物理学の方程式を使ってコンピューターで再現する基礎を築き、いまや世界中の科学者が、その手法で地球温暖化の予測計算をしている。

これこそ、まさにノーベル物理学賞ではないか──その思いがかなわぬまま退職して8年。真鍋淑郎・米プリンストン大学上席研究員へのノーベル物理学賞授与が決まった。

近年、熱波や極端な豪雨など、地球温暖化の影響とされる異変が世界各地で顕在化し、地球の将来に対する人々の関心は高まっている。気候予測の基礎を築いた真鍋さんへの授賞決定は、まさにグッドタイミングだった。

ノーベル賞受賞が発表された後、プリンストン大学での記者会見に臨む真鍋淑郎さん(Photo by Gettyimages)

「気候モデル」のルーツをたどると…

いま、地球の温暖化が進行している。

この8月に公表された「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の新しい第6次評価報告書は、二酸化炭素の排出を減らす最大限の努力をしても、いまから20年後の2040年の時点で、産業革命前からの気温上昇は1.5度に達してしまうと予測している。

こうした気候変化の将来予測は、コンピューターによる計算のほかに現実的な手段がない。大気の流れや熱の伝わり方、大気と海のあいだで熱や水蒸気が行き来する過程などを物理の数式で表し、それをコンピューターで先へ先へと繰り返し計算を進めていく。

この数式の集まりと計算のノウハウをまとめて「気候モデル」という。IPCCの報告書は、世界中の気候研究者が書いた気候モデルに関する論文を集約したものだ。

ノーベル物理学賞は、物理学の分野で最も重要な発見や発明をした人に与えられる。狭い意味での学術的な物理学のほか、たとえば集積回路や青色発光ダイオードの発明のように、広く社会に役立つことになった科学や技術に与えられることもある。いずれにしても、その「最初の種」をまいた研究業績が授賞の対象になる。

真鍋さんの授賞理由は、地球の気候を物理式を使ってコンピューター上に再現し、地球温暖化の予測を可能にする道を拓いたことだ。スウェーデン王立科学アカデミーの報道用資料には「現在の気候モデルを開発する基礎を築いた」と書かれている。

いま、世界中の気象・気候学者たちが、独自の工夫を凝らしたそれぞれの気候モデルで地球温暖化のコンピューター予測をしている。そのルーツをさかのぼっていくと、真鍋さんの1960年代の研究成果に行きつくのだ。

関連記事