2021.10.22
# エンタメ

まさに“ネット界の文春砲”…“現代の公開処刑”ともいえる「コレコレ」とはいったいなんなのか

飯田 一史 プロフィール

「正しさ」を背負い、集団が時間を共有し参加できる「祭り」

コレコレの生配信を視聴しているときの感覚は、個人的には2000年代前半に2ちゃんねる(現5ちゃんねる)で「祭り」と言われていたものに立ち会ったときに近い。

もう20年ほど前のことになるので筆者もあまり思い出せないが、かつて2ちゃんねるでは、たとえばネット上に掲載されている不倫日記から書き手や不倫相手の勤務先を割り出して会社に通報したり、日記の記述からパスワードを洗い出してサイトをハッキングしたりする様子が高速でスレッドを消化しながら進行していたような記憶がある。「今まさに事件が展開している現場に立ち会っている」という面白さが、コレコレの配信と2ちゃんの祭りには共通している。

思えばいつからか「炎上」とは言っても「祭り」とは言わなくなった。「炎上」は燃えている側にフォーカスが当たっているが、「祭り」は観ている側、燃やしている側が楽しんでいるというニュアンスが強い。参加者の気分としては似ていたとしても、「炎上」を「祭り」と呼ぶと社会正義の著しい欠如が感じられ、今の時代に合っていない(被害者がいる炎上の場合、楽しんで燃やしている感じが出ると叩いている側に都合が悪いし、被害者の気持ちへの配慮がない)印象を受ける。

 

コレコレは架空請求業者に凸る(電話をかけて問いただす)ことはあっても、サイトのハッキングをしたり、業者の住所や個人名を晒して攻撃を煽ったりはしない。極力、法的にセーフな範囲内、「コレコレが悪い」という糾弾が起こりづらい範囲内に収まるよう、つまり突っ込まれても自分が「正しい」と言え、叩かれる側になる隙を作らないように注意深く振る舞っている(もっとも、それでも後者に関しては時々叩かれてはいるが)。

コレコレ自身は、自分は「正しいか」よりも「面白いか」どうかを優先しており、正義厨(他人に制裁を加えることに腐心している人たち)が乗っかってくるのは困る、と言っているが、同時に、かつてニコニコ生放送で配信していた時代と比べて、現在の方が世間の雰囲気に合わせて堅苦しいことを言うようになったとも本の中で語っている。また、もともと法律やルールを守ることにはうるさい性格だとも言う。

したがって、何かを叩きたくてウズウズしている人たちを誘引しやすい構造にあると言える。

[PHOTO]iStock

ポイントは、視聴者も常に心理的に安全で優位な立場から、自分たちに義があり道理があると思える立場から事態を見守ることができるように設計されている、という点だ。

コレコレの動画では渋谷の喫煙所近辺で路上喫煙やポイ捨てする人たちを注意するものも人気だが、これにしても、未成年と性行為したインフルエンサーを糾弾する配信にしても、法的にアウトな(という疑いのある)人を責める側に立って観ることができる。

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