不審な外資系金融機関
金融監督庁は発足してすぐにイギリスの金融当局と協議の場をもった。イギリス側からは「日本の銀行は3月末の決算期末になると、ロンドンの拠点を使って不良債権を飛ばしている」と苦言を呈された。このとき当局者は、日本で大儲けをしている金融機関の存在を少し自慢気に言及している。
その銀行は、クレディ・スイス・ファイナンシャル・プロダクツ(CSFP)銀行東京支店だった。スイスのクレディ・スイスは、ロンドンにデリバティブ販売の専門銀行CSFPを設立し、その日本の拠点がCSFP銀行東京支店である。佐々木は、HSBCやバークレイズなどイギリスの名門金融機関よりも新興のデリバティブ専門銀行が「そんなに儲けているのか」と、むしろ不審に思った。このときからクレディの名前は気になる存在になった。

従来の大蔵省の銀行検査は不良債権の認定と行内の不祥事を把握することにあったが、検査に入られる相手の銀行と馴れ合い、形式的な面が否めなかった。「大手銀行を検査した後は、疲れたから次は地方銀行の検査に行って温泉につかってこようとか。外資系金融機関は英語がわからないから面倒なので1日だけやって日帰りで終えようとか。そういうたぐいの、くだらないことが横行していたんです」(佐々木)。
いままでの検査官だけでは心もとない。会計実務に詳しい即戦力を得ようと、大手監査法人から5人の中堅の公認会計士に出向してもらい、金融証券検査官として起用した。さらに中央大教授の野村修也をコンプライアンス担当の検査部参事として招いた。
大蔵接待汚職の捜査の過程で同僚の逮捕や自殺が相次ぎ、金融監督庁検査部の職場の士気は高くなかった。だから新たに検査部長に着任した五味は、自信を喪失している検査官たちを意識して表舞台に引き上げ、「キミたちはレントゲン技師であり、キミたちの責務は正確なレントゲン写真を撮ってくることにある」と鼓舞することに努めた。手加減したり、相手の意向を忖度したりせずに不良債権の実態を正確に報告してほしかった。
「あとは医者が判断するから。投薬なのか手術なのか、それとも安楽死が必要なのか。それはこっちが判断するから、恐れる必要はない」。五味はそういう言い回しで職人集団を刺激していった。