「捜査には口を出さないでください」
こうした当時の特別調査課の職場環境は、佐々木をして「こりゃ駄目だな」と思わしめるものだった。課長の佐々木こそ金融庁内のオフィスに席を持っていたが、調査にあたる数十人の実働部隊は少し離れた永田町合同庁舎に席があった。その距離感も円滑なコミュニケーションを妨げているように思えた。少しでも距離を縮めようと、差し入れを持参して激励に訪問する佐々木は、面会した部下に「出向している検事から『課長には話すなよ』と言われているんです」と言われ、愕然とせざるを得なかった。

それまでに体験したことのない組織だった。出向している検事は独善的に振る舞うものの、彼らが矢面に立つことは決してなく、いざ何か起きたら責任は課長の佐々木にふりかかってきかねない。「情報を共有するということを極端に嫌がるんです。何かを尋ねようものなら『捜査には口を出さないでください』と言われてしまうんです」。大きな権力を握った組織が、外部からのチェックを拒絶し、唯我独尊をほしいままにしたらどうなるか。この4年後、朝日新聞がスクープした大阪地検特捜部の証拠改竄事件によって検察の権威は失墜することになるが、それにはこんな下地があったのだ。
接待汚職で霞が関の筆頭省庁である大蔵省をやり込めた検察庁は、すっかり増上慢になっていた。
序 章 エリートが輝いていたころ
霞が関のジローラモ/上を向いて歩こう/秀才たちの流儀
第一章 最強官庁の揺らぎ
バブル/損失補塡/組織防衛
第二章 舐められてたまるか
大蔵省の醜聞/接待汚職
クレディ・スイス征伐/クレスベール
第三章 ヒルズ族鎮圧
セプテンバー・イレブン/中央青山の解体
ライブドア急襲/村上ファンドの崩壊
第四章 私書箱957号
佐渡賢一/不公正ファイナンス/消えた年金
第五章 不正会計の連鎖
札つき監査法人/オリンパスの飛ばし
東芝の悲劇/村上、再び/IFIAR
第六章 仮想通貨の衝撃
地場証券の閉塞/検査局廃止/コインチェック資金流出
終 章 二十年の総括
二つの潮流/ルパンと銭形