2021.10.28

明治政府が「遊女たちの解放命令」を出すキッカケになった「大事件」をご存知ですか?

田中 優子 プロフィール

江戸時代では、船の難破や救助を外交交渉のきっかけに使うことがありました。現代では、アメリカと中国の応酬に見られるように、人権問題を指弾し、相手国が内政干渉だと反発することも一種の外交です。このマリア・ルス号事件は、その両方を含んでおり、まことに江戸から近代への移行期を象徴する出来事だと言えます。

この事件で日本政府の人権への対応は高く評価されましたが、同時に女性の人権に関する認識の低さも指摘されたことになります。これも現代とつながっています。今も、日本はほとんどの人権問題はアメリカと意見を共有していますが、女性の地位のみ、G7先進国中でもっとも低いのです。

 

しかしながらマリア・ルス号事件を契機にして、明治政府は、現在の私たちの政府とは比べ物にならないくらい速度ある対応をとります。同事件が決着するや否や政府は、1872(明治5)年、遊女および同様の労務契約によって拘束されている者の「一切解放と身代金即時解消」を命じたのです。これを芸娼妓解放令と言います。

むろん、これは外交手段です。不平等条約を回避するために明治政府がおこなっているさまざまな、西欧諸国へのポーズのひとつでした。なぜなら、実態はその後もほとんど変わらなかったからです。

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