何を「しあわせ」に感じるかは、人によって違う。夢を叶えること。愛が成就すること。人に評価されること。欲しいものを手に入れること。経済的に恵まれること――。子供の頃に思い描いた幸せの形は数々あれど、人は大人になると、もっとありふれた、何気ない日常にこそ幸福が宿ることを知るようになる。
2019年にドラマ化され、弁護士のシロさん役を西島秀俊さんが、美容師のケンジ役を内野聖陽さんが演じ話題となったよしながふみさんの漫画「きのう何食べた?」に描かれる幸福は、まさに日常のありふれた「食卓」のなかにある。物語の舞台は、2人暮らしの男性のどこにでもある日常。少し“普通”ではない部分があるとすれば、その男性二人が同性愛者であることぐらいだ。シロさんとケンジの2人は、同性愛者の友人や、マイノリティに対する偏見を無意識的に持っている人たちや持たない人たちとの関わりの中で、自分たちなりのささやかな幸せを穏やかに守っていく。
登場人物たちが自然に歳を重ね、人との出会いの中でゆるやかに成熟する。そんな日常を手作りの料理が彩る新感覚ドラマが、劇場版になった。一昨年の映像化にあたって、登場人物の再現率も漫画ファンのツボをくすぐりまくったが、中でも“生き写し”ともいうべき再現率を誇ったのが、山本耕史さん演じる小日向の恋人・ジルベールこと井上航役を演じた磯村勇斗さんである。

引っ搔き回すところ、人間ぽくて好きですね
磯村さんという俳優とジルベールのキャラクターに特に似通った点はないが、一つだけ、予定調和なことは決して言わないところは、共通点かもしれない。
「ワタルくんのいいところは、わがままを言っているように見えて、人に対してまっすぐなところだと思います。日常の会話って、普通だと割とぼんやりしていて、あんまり核心に触れることがないけれど、ワタルくんは、ストレートな物言いで、誰もが敢えて触れないでいるような核心にグサグサ切り込んでいく。その場の空気を無理して丸く収めようとせずに、敢えて人が抱えている問題点を引っ掻き回すところは、人間ぽくて好きですね」

ワタルくんの出番は、基本、シロさんとケンジ、小日向さんとの4人で集まるときがほとんどだ。磯村さんは常に、西島さん、内野さん、山本さんという演技力も経験値も兼ね備えた俳優陣と対峙することになる。唯一の若手でありながら、勇斗・ジルベール・ワタルの存在感は、ベテラン勢に全く引けを取らない。
「俳優というのは、想像の中で、自分とは違う人生を生きられる。それが俳優業の醍醐味だと思います。それぞれが、自分とは違う人間として存在しているだけだから、先輩だからといって雰囲気に飲まれてしまうとか、自分が未熟だから萎縮するとか、そういうことはないですね」