2021.11.06
# 週刊現代

ノーベル賞を受賞する日本人に、実は「田舎育ち」が多い「驚きの理由」

想像もつかないような「ド田舎」で育った研究者が、日本では数多く活躍している。

先月5日にノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎氏も、交差点もないほどの田舎で育ったことを前編の「地方出身の研究者が、ノーベル賞を続々と受賞する「意外すぎるワケ」」でお伝えした。引き続き後編でも、他の受賞者や天才と呼ばれる人たちの、頭脳を育んだ環境をお伝えする。

何もないから工夫する

旧新宮村から約150km離れた、愛媛県の西端からもノーベル賞受賞者が生まれている。瀬戸内海と宇和海に面した土地に、かつて四ツ浜村(現・伊方町)と呼ばれる地域が存在した。

この村は青色発光ダイオードを発明した功績から、'14年にノーベル物理学賞を受賞した中村修二氏(67歳)の故郷だ。中村氏はここで7歳までの時期を過ごした。

当時の思い出を、中村氏の実兄であり、今は松山市で暮らす康則さんが振り返る。

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「海や山で遊ぶかたわら、四国電力の技術者だった父が作ってくれた数学のドリルを、姉弟4人で競って解いていました。出来はいつも修二が一番だったと思います。

親父は尋常小学校しか出られず、学歴がない中で四国電力に入った。周りの社員と比べられて悔しい思いや嫌な思いもしたと思います。『勉強しろ』とは直接言わなかったけど、あのドリルは、自分みたいに苦労してほしくないという気持ちの表れだったのかな」

学校から帰ってくるとまず父の作ったドリルを解き、それが終わってから遊びに行く。当時の同級生たちは中村氏がドリルを解き終わるのを、中村家の前で待つことがしばしばあったという。

当時の人口は600人ほど。働いている住人の3分の2以上が農家か漁師だった村で、父親が会社勤めというのは珍しい存在だった。

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