炭治郎は『鬼滅の刃』で最も謎めいた「空虚な中心」である

精神科医が見た「もうひとつの物語」
斎藤 環 プロフィール

炭治郎の「狂気」

炭治郎のキャラクター造形は、少年漫画の王道キャラのようでいて、実は異質な成分をはらんでいる。「悪」である鬼への優しさはその一例だが、そればかりではない。まっすぐ育ったかに見える炭治郎は、その実、別の「狂気」を秘めている。

彼は嘘がつけない(つこうとすると半端ない変顔になる)。絵が描けない。猫や鯉のぼりを描くと異様なモンスターができあがり、歌唱能力はジャイアン並みの音痴。つまり炭治郎は、想像力に問題を抱えている。しかもそのことに自覚(病識)がない

彼にはリアルで哀切きわまりない家族の思い出はあるが、現実に存在しないこと、ありえない仮想を思い描く能力がきれいさっぱり欠けている。そのことは『鬼滅の刃 無限列車編』で描かれた彼の「無意識領域」を一瞥すればよくわかる。炭治郎の無意識領域には何もない。ウユニ湖のような美しくも空虚な水面が広がる世界に、光り輝く「精神の核」が浮かんでいる。

彼の純粋さの表現ともとれるが、この景色を見て筆者は確信した。炭治郎には「想像界」(※)が欠けている。だから「優しさ」はあるが「共感力」には乏しい。そうでなければ(自分のせいで)傷心の冨岡義勇を、蕎麦の早食い競争に誘ったりはしない。

※精神分析家ラカンによる、世界を構成する3つのモデルのひとつ(他の2つは「象徴界」と「現実界」)。幼児が鏡に映る像を自分と思うことで自らのイメージを作りあげるように、自分と目の前にいる他者との関係で形成される「二人称」的な世界。
 

彼が頑固なのは、正しいことへのこだわりではなく、「正しいこと」以外の可能性が想像できないからだ。彼の「正しさ」は、正義への信念ではない。その内界に棲む「光の小人」が、彼の優しさの象徴だ。光の小人は生得的なホムンクルス(錬金術師が生み出す人造人間)であり、おそらくは遺伝子レベルで継承された資質の擬人化であろう。サイコパス的な「柱」たちが後天的に獲得した「トラウマ的な正義」とはまったく異質の、「優しさという生得的狂気」が炭治郎の武器なのだ。

それをあえて「狂気」と呼ぶのは、理性によるコントロールの外側にある、というほどの意味である。炭治郎の正義は、理性の産物などではない。だから彼は自身の正義については微塵の躊躇もない。

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