10代の頃の僕には「代弁者」がいなかった

僕が自分と同性である男性に惹かれることに気づきはじめたのは、小学生の頃だったと思う。でもその気持ちを何と呼んだらいいのか全くわからないまま僕は中学生になり、やがてそこで一人のクラスメートに心を奪われることになる。

その人はどちらかというとシャイで、はにかんだ笑顔がとてもキュートだった。彼がたまに見せる笑顔が僕にはとてもまぶしく感じられ、それを見るたび、最上級の喜びと同時に、悲しみと戸惑いが押し寄せてきた。

当時の僕は、その気持ちが何なのか、ずっとわからずにいた。同性同士には友情以上の感情など芽生えるわけがない、もしくは、芽生えてなどいけないと思い込んでいたからかもしれない。やっと自分の気持ちの正体がわかったのは、中学の卒業式を迎えた後のことだった。連絡先も家の場所も知らない彼にもう二度と会えないという事実に直面した瞬間、気づいたのだ。僕は彼に恋をしていた、と。そして、その感情が決して社会から祝福されるようなものではないということも。

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20年前に体験した初めての失恋は、この社会において自分はイレギュラーな存在なのでは、という疑念を抱き始めるきっかけでもあった。それから僕は、ずっと「代弁者」を探し続けてきた。同性を好きになることを何もおかしいことじゃないんだ、と言ってくれるような誰かを。誰にも話してはいけないと心に蓋をし続ける必要なんてないんだ、と語りかけてくれるような何かを。

時にはアニメの中に、時には海外映画の中に、そして時にはBL漫画の中に、その一端を見つけることができた。そうした一つ一つの欠片が生きる希望をかろうじて繋ぎ止めてくれ、そのおかげで、自己否定の感情に命を預けずに済んだ

だからこそ、自分の代弁者や、自分の存在を投影できるようなロールモデルを必死に探していた10代の頃にバイセクシュアルのスーパーマンともし出会えていたら、どれだけ救われただろうか。