落合博満、ロッテ時代の「打てない時期」を支えた稲尾監督の「名手腕」がスゴすぎる…!

週刊現代 プロフィール

その泰然とした人柄ゆえ、あらゆるコーチや選手に慕われた稲尾だったが、落合との関係はとりわけ特別なものだった。

'84年のシーズン、落合の打棒は開幕から不調で、打率は2割を割り込んでいた。コーチ陣からは「落合の打順を下げよう」という声が上がる。

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ところが、稲尾は頑として首を縦に振らなかった。投手コーチだった佐藤道郎が振り返る。

「稲尾さんは『もうちょっとオチに4番を打たせておこう』と。でも、やっぱり打てない。そのうち、別のコーチからも『投手陣の調子がいいうちに、6番に下げてください』という意見が出た。

それでも、稲尾さんは『ミチ、投手陣をもう少し頑張らせてくれ。オチは絶対に打ち出すから』と言って、私に頭を下げるんです」

誰もが反対するなか、稲尾だけが落合を信じ続けた。そして、オールスターも終わる頃、落合の打棒はついに火を吹く。

「後半戦は4割を超えるような打率でした。やっぱり、天才のことは天才にしかわからないもんだと思いました」(佐藤)

叩き上げの二人

それにしても、なぜ、稲尾はこれほどまでの全幅の信頼を落合に置いていたのか。

打撃コーチだった広野功は「野球選手としての二人の『生い立ち』が共鳴したのではないか」と推測する。

「現役時代、稲尾さんは球界最高の投手でしたが、決して最初から注目された『エリート』ではなく、叩き上げだった。それは落合も同じです」

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