解剖学的現代人とネアンデルタール人
1930年代に、イスラエルのカルメル山にあるスフール洞窟で、中期旧石器という古いタイプの石器をもった現代人(ホモ・サピエンス)の化石が発見されました。
ヨーロッパでは、中期旧石器はネアンデルタールが使った道具だと考えられていました。同じイスラエルでも、タブーン洞窟やケバラ洞窟、アムッド洞窟からはネアンデルタールの化石が発掘されましたが、彼らの道具はスフール洞窟の現生人と同じ中期旧石器だったのです。
そこでスフール洞窟の化石は、ネアンデルタールから進化した最初の現代人と位置づけられ、同じイスラエルのカフゼー洞窟で見つかった化石とともに「解剖学的現代人」とよばれるようになりました。
イスラエルのネアンデルタールの年代は約6万年前、解剖学的現代人は約4万年前のものと推定され、西アジアで独自にネアンデルタールから現代人に進化した証拠だと考えられました。ヨーロッパでも、独自にネアンデルタールから現代人が進化したと考えられており、これはさまざまな地域で現代人が独立に進化したという「多地域進化説」の証拠と考えられたのです。

衝撃の事実をたたき出した熱ルミネッセンス法
しかし、新しい年代測定方法による1987年に発表された結果は衝撃的なものでした。
フランスの考古学者エレーナ・ヴァラダスと、その父である物理学者ジョルジュ・ヴァラダスが、熱ルミネッセンス法という新しい方法を使ってカフゼー洞窟から出土した石器の年代を測定したところ、10万年前のものという予想外に古い年代を示したのです。もうひとつの解剖学的現代人が見つかっているスフール遺跡の石器も、ほぼ同じ年代が得られました。
一方、イスラエルのネアンデルタールのうち、タブーンは12万年前とさらに古い年代を示しましたが、アムッドとケバラのネアンデルタールは6万年前と、現代人よりも若い年代になってしまったのです。もしも解剖学的現代人がネアンデルタールから進化したのであれば、順番が逆転することになってしまいます。