2021.12.05
# ジェンダー

「同性婚は認めない」という日本の法律に、マイノリティが苦しむ「根本的な理由」

橘みつ「Kanさんと再会する」1

家族って一体なんだろう

「家族」という文字を見て、あなたが最初に思い浮かべるのは何/誰だろう。血の繋がり? 食卓を囲む風景? それとも、いま隣にいる人や動物のことかもしれない。

「家族なんて、居たことがない」そう思った人もいるかもしれない。数年前のわたしは、少なくともそう断言していた。利害のバランスを気にしたり、顔色を伺ったりする関係性を「家族」と呼びたくなかったから。

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それでも親族での集まりは定期的にあったし、衣食住に不自由もしてこなかった。養育義務は十分に果たされていて、それを家族と呼び慕わないのは、じぶんがワガママな奴だという気持ちがしたものだ。

逆にあなたやわたしが誰か・何かを「家族」だと感じていても、その気持ちが無いことにされる場面もある。たとえば一緒に暮らしている動物が誰かから害されたとき、それは「器物損壊罪」として手続きされる。長年共に暮らしてきたかけがえのない命でも、法律上は所有物でしかない。

他にも、生身の女性そっくりのドールと同居している人の話を聞いたことがあるが、その人の財産を”彼女”が引き継ぐことはできない。

「そりゃそうだ、だって人間じゃないんだもの」…という納得の仕方を、多くの人はしているのだろうか。少なくとも、わたし自身は法や制度に対して、そうやって解釈している節がある。法律は、人間同士の間に起きることの為に定め・運用するものだと認識しているから。

気持ちとしては、「その人が家族として扱っている対象について、外野が”それは変だよ”って言うのはなんと失礼なことか」と思っている。だって、我が家のかわいい猫が誰かから「しょせん猫」と言われ、ぞんざいに扱われることには我慢が出来ないし。

つまるところ、「家族」の問題にはそういった「本人の感情」と、生活を進めていく上で生じる「実際的なこと」が含まれているんじゃないかって思っている。

でも実際、そこまで細かく考えている人って、どれほど居るんだろう。「一つ屋根の下に暮らしていれば家族」という曖昧な感覚でも、あまり困らず暮らせてしまうことがほとんどじゃないか。わたしの親たちがそうであったように。

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