「矢野康治財務次官が月刊誌で、岸田政権をばらまき政策と批判論文を発表していますが、私が政権を担当していたころ、矢野財務次官はたしか財務省の主計局長だったと思います。予算編成の折に、『ばらまき』などと私に言ってきたことはただの一度もなかったんです。アベノミクスだって異次元の財政出動を打ち出し、成長戦略で経済成長を目指していた。アベノミクスと岸田政権はそんなに大きな政策的違いはないのに」
ここで安倍が言いたかったこととは何か。
岸田の言う「新しい資本主義」は、霞ヶ関官僚から甘く見られている。安倍政権時代とは違い、無条件で一定額を支給するベーシックインカムとも受け取られかねない「ばらまき政策」である──安倍は岸田の未熟さ、ひ弱さを指摘したのだ。

岸田政権の経済政策には、具体策とそのゴールの輪郭が明確ではない。そこに歯がゆさを感じているのだろう。ならば、もし綻びが出始めればすぐさま政権を取りに行く──そう言わんばかりの迫力なのである。
岸田政権の状況は、日本経済の趨勢に直結する。とある有名企業の幹部は、この講演を興味深く聞いていた。
「安倍さんが岸田首相をどのように評価しているのか。それと同時に、来年7月の参院選を乗り切ることが出来るのかを見極めたかった。岸田政権が長期政権となるのか、はたまた短命で終るのかが知りたい。安倍さんには、岸田政権のグラグラした方向性に歯がゆさを感じているように感じました」(講演を聞いた一部上場企業の幹部)
岸田の党内基盤は、まだまだ一抹の不安が残る。だから、安倍待望論はいつまでもくすぶり続ける。まだ67歳の安倍元首相自身が、二度の政権を終えても一丁上がりとはさらさら思っていないのである。
後編(あんたは、どっちにつくんだ? 安倍から菅に投げかけられた「秋波」の意味)では、岸田と安倍の対立を軸とした党内抗争に、どう菅が影響を及ぼすか、証言をもとにレポートする。