『源氏物語』を漫画化した名作『あさきゆめみし』。
『源氏物語』といえば、平安時代紫式部によって書かれた小説で、まことしやかに「中古文学研究は源氏物語研究」ともいわれるほどの名作だ。学校の授業で、試験で、源氏物語を目にしたことのない人のほうが少ないだろう。
そして、多くの人が『あさきゆめみし』を入り口にして源氏物語を深く理解できたのではないだろうか。
1979年の連載当初から大きな反響があり、それから40年以上の歳月の間、多くの人の人生を変えてきた。その読者層は幅広く、世代を超え、海を渡り、その累計販売部数は1800万部を突破している。
今年は、作者・大和和紀先生の画業55周年とKiss(講談社)創刊30周年だ。これを記念し、『あさきゆめみし 新装版』全7巻が12月13日(月)より刊行が開始された。
与謝野晶子、円地文子、谷崎潤一郎、田辺聖子、瀬戸内寂聴、角田光代と時代を象徴する名作家たちが現代語訳や対訳を出している『源氏物語』。当時の写真が残っているわけでもないこの名作は、果たしてどのようにしてビジュアル化され、マンガとして生まれ変わったのだろう。
本記事は、本誌が特別に行った大和和紀先生のインタビューだ。まずは第1回の前編では、その執筆背景から伺った。

北海道生まれ。1966年デビュー。代表作に『はいからさんが通る』『あさきゆめみし』『ヨコハマ物語』『N.Y.小町』『にしむく士』『紅匂ふ』『イシュタルの娘〜小野於通伝〜』など多数。アニメ・映画・舞台化もされた『はいからさんが通る』で1977年に第1回講談社漫画賞を受賞。2021年画業55周年を迎えた。
描いているときは大変でした
――『あさきゆめみし』新装版で発表された、写真家で映画監督の蜷川実花さんとコラボレーションしたビジュアルも話題です。
ひと目見て圧倒されました。私のカラー原画も派手ですが(笑)、そこに蜷川さんの四季折々の花の写真の鮮やかな色彩が重なり、艶やかですね。蜷川さんの写真はかねてから好きでした。花弁の柔らかさや色彩など、女性の感性だから撮れる写真だと思っていました。

――まさにこのビジュアルは、『源氏物語』×『あさきゆめみし』×蜷川実花さんの写真という、時代を超えた女性アーティストのトリプルコラボですね。また、新装版は巻末インタビューも豪華で、漫画家・山岸凉子先生、よしながふみ先生、青池保子先生などが作品について語っています。最終巻の7巻では、大和先生ご自身が、解説を書くと聞きました。
そうなんですよ。ほかにも小説家・三浦しをんさん、源氏物語の現代語訳を完成させたばかりの角田光代さん、写真家・蜷川実花さんが『あさきゆめみし』を語ってくださっています。皆さん褒めてくださっていて、本当にありがたいです。
作品に取り組んでいるときは大変でしたが、多くの方に読まれていると、今回改めて感じて「描いてよかった」と思っています。
中学での出会い「誰かに漫画化してほしかった」
――『あさきゆめみし』を読むまで『源氏物語』は研究対象の古典であり、教養や学問の域を出なかったと感じている人も多いです。漫画化するきっかけをお聞かせください。
私自身が『源氏物語』が好きだったことがあります。初めて触れたのは、中学1年生のとき。学習雑誌のダイジェストに現代語訳が掲載されており、「なんて美しい物語なんだろう」と感じたことがそもそもの出会いです。
もともと掘り下げることが好きなので、与謝野晶子訳を手に取ったのですが、訳そのものが古典のような文体。途中で挫折してしまったんです。大人になって谷崎潤一郎や円地文子訳、その他解説本、対訳本を読み、改めていい作品だと感じたのです。
そのうちに、誰かに漫画にしてほしいと思い、漫画家の友達に話したのですが、誰も積極的ではない。私は私で『はいからさんが通る』(1975-77)の連載が終わり、次の連載の打ち合わせ に入りました。そのとき編集者から「時代ものをやりませんか」という話があったのです。戦国時代に活躍した女性の偉人など様々な候補が上がり、その日の打ち合わせが終わったのですが、私の中には『源氏物語』の存在があったんですよね。
でも、やるとなったら大変なことなので、かなり悩んだ挙句、編集部に「やっぱり源氏やろうと思います」と電話をしたんです。
すると、担当編集者も「今、私も源氏にしましょうと電話をかけようと思っていました」と言ったんですよ。そのときに、「私が描く」と意思が固まったのです。