大和和紀さんによる漫画『あさきゆめみし』。1979年から14年にわたって連載されたこの作品は『源氏物語』を漫画化したものだ。原書を読んだことのない人でも『あさきゆめみし』で源氏の魅力を知ったという人も多い。その作品が大和和紀さんデビュー55周年の今年、新装版として誕生するという。そこで「時代を超えるエンタメ」とはどのようなものなのかを考えてみた。

それを記念して1話~4話の無料試し読みが実現。ぜひ『あさきゆめみし』の世界を味わっていただきたい。

大和和紀さんのカラーはその細やかな色使いも素晴らしい。大作になると描き切るのに1週間かかった作品もあるという

マンガ/大和和紀 文/FRaUweb

 

筒井康隆さんの小説が30年の時を経てベストセラーに

2020年~2021年のコロナ禍のエンターテインメント。なんといっても最も注目されたのは、原作が累計1億5000万部をこえ、劇場版は興行収入で世界記録を樹立した吾峠呼世晴さんの『鬼滅の刃』だろう。もはや国境を越えたヒットとなったのはご存知の通り。「遊郭編」のアニメもスタートし、最終巻刊行後もその記録が更新され続けている。

そんな大ヒットと並び、2021年には「時代を超えてヒットした作品」もあった。そのひとつが、1989年に発表された筒井康隆さんのSF小説『残像に口紅を』だ。TikTokで2021年7月に「けんご(@けんご 小説紹介)」さんが紹介し、1995年刊行の文庫が飛ぶように売れた。30年もの年を経て、数カ月で35000部の重版になったという。

30年前に発表された作品が…

これが実現した背景のひとつには、「30年前の作品でも絶版になっていなかった」こともある。筒井さんといえば『時をかける少女』をはじめSF小説の名手だ。『残像に口紅を』も「章を重ねるごとに文字が消えていく」というかなり実験的な内容ながら、長く支持され続けていたからこそ絶版にはならず、在庫があったからこそ売り上げに火を付けることができた。30年読み継がれてきた作品の力があり、けんごさんの魅力を伝える力の素晴らしさが加わって爆発したということだろう。

そう考えると、姿を変えながらとはいえ、すごいなと思うのだ。
紫式部の『源氏物語』は、平安時代から1000年以上読み継がれているのだから。

初出は「1008年」の長編小説

紫式部の『源氏物語』の初出は今から1013年前の1008年と言われる、平安中期の長編小説だ。
主人公は光源氏。帝の子息である彼と彼をとりまく人々との関係性を通し、平安時代の貴族社会の恋愛、栄光と没落などが計54帖という長さで描かれている。実の母の桐壺の死、母に生き写しである後妻の藤壺への恋、知性という魅力を教えてくれた美しき年上女性で、その思いが生霊にまでなってしまう六条御息所、理想の女性を育てる紫の上……500名近くが登場し、70年に及ぶ時代が描かれている。

読み継がれてきた理由は、なによりも人間の欲望を浮かび上がらせ、共感と驚きを呼ぶストーリーテリングの見事さにあるといえる。そして、一流の作家たちによる「現代語訳」が平安時代から時を超えて「今のエンターテインメント」にし続けてきたことは間違いない。

与謝野晶子、円地文子、谷崎潤一郎、瀬戸内寂聴、田辺聖子、角田光代……時代を象徴する素晴らしい作家たちが、紫式部の言葉を現代の言葉にし、現代のエンターテインメントとしてよみがえらせたのだ。
そしてその「現代語訳」のひとつが、1979年より連載が始まり、14年にわたって連載された大和和紀さんの漫画『あさきゆめみし』である

(c)大和和紀『あさきゆめみし 新装版』1巻/講談社

「『あさきゆめみし』で東大受かりました」の声も

そもそも平安時代はどんな服装なのか、どんな花が庭に咲いていたのか、御簾の中と外はどう違っているのか。文字で描かれていても、私たちは想像することしかできない。その想像も楽しいけれど、なにせその時代を知らないとリアルに想像するのは難しい。大和和紀さんはそんな難題に向き合い、京都に通い詰めてまさに大学の研究室のように源氏物語を研究し、命を吹き込んでいったと、前川亜紀さんによるインタビューでも語っている。

『あさきゆめみし』は、原作の面白さを感じてもらうために「教科書に載っている作品感」を出さないようにしたと、同じインタビューで大和さんも語っている。「源氏物語の面白さ」をリアルに伝えているからこそ、原文に接したときにビジュアルを浮かべながら興味を持って読むことができ、古典の『源氏物語』の細やかな理解につながる。お勉強よりもなによりも面白いからこそ古典の勉強としても役に立つエンターテインメントになる。その力は「『あさきゆめみし』のおかげで東大に合格しました」というような感謝の言葉が現実に寄せられるほどでもある。難点は、読み返したら試験範囲そっちのけで読み込んでしまうほど、没頭してしまうことだろう。

有名な六条の御息所と夕顔のシーン(c)大和和紀『あさきゆめみし 新装版』1巻/講談社

さて、『あさきゆめみし』が誕生してから42年、改めてそのマンガを読むと、平安時代にタイムスリップし、その場にいるような感覚になる。そう、「遠い昔の話」であっても、そこに生きている人の心は今と同じ人間。それが伝わるからこそ、自分も入り込むことができるのだ。1000年の時を超えて思いがひとつになるというその事実だけでも、素晴らしい事なのではないだろうか。

(c)大和和紀 『あさきゆめみし 新装版』1巻/講談社

ちなみに新装版は全7巻、12月13日より3カ月連続刊行となる。巻末には、毎号ゆかりの深い識者のインタビューや解説が掲載。その第1巻では厩戸皇子(のちの聖徳太子)の時代を描き出した『日出処の天子』の山岸凉子さんがデビュー前から続く大和さんとの思い出と作品づくりについてを、第2巻では『大奥』『きのう何食べた?』のよしながふみさんが、『あさきゆめみし』への熱い思いを語っているという。

まずは期間限定無料試し読みで、ぜひ1話~4話に触れていただきたい。初めて触れる人も、改めて触れる人も、時代を超えて愛されるエンターテインメントの力を実感するはずだ。

また、画業55周年を迎えた大和和紀さんの特別インタビュー前後編「源氏物語に千年の命を吹き込む『あさきゆめみし』大和和紀さんに聞く誕生秘話」と「大学の研究室?大和和紀が『源氏物語』から『あさきゆめみし』生んだ「京都通い」」では、『はいからさんが通る』など名作を生み続けた大和和紀さんが、『あさきゆめみし』を生み出した秘話を詳細に伺っている。