現代社会の最重要概念「インターセクショナリティ」をご存知ですか?

言葉が生まれる前からあった探求と実践

近頃、耳にする機会が少しずつ増えてきた「インターセクショナリティ(Intersectionality)」という言葉(日本語では交差、交差性、交差点性などとも訳される)。

11月末にその言葉を冠する日本では初めての翻訳書『インターセクショナリティ』(パトリシア・ヒル・コリンズ、スルマ・ビルゲ、小原理乃訳、人文書院)が刊行された。

この概念をめぐってこれまで培われてきた社会運動や研究について、世界の様々な地域の事例を取り上げながら解説する教科書であり、この概念を知るためには最適の書の一つだろう。

様々なフェミニズム運動、気候変動、ラップ、アイデンティティ、教育、新自由主義、経済格差、性と生殖に関するイシュー、移民・難民と監獄社会など、取り上げられるテーマは多岐にわたる。

インターセクショナリティとは何か? 著者であるコリンズ(メリーランド大学名誉教授)とビルゲ(モントリオール大学教授)は以下のように説明している。

もし、(様々な立場の)これらの人々に「インターセクショナリティとは何か?」と質問したら、様々な答えが返ってくるだろうし、時には矛盾した答えが返ってくるかもしれない。しかし、大多数の人は、おそらく下記の一般的な説明を受け入れるだろう。
インターセクショナリティとは、交差する権力関係が、様々な社会にまたがる社会的関係や個人の日常的経験にどのように影響を及ぼすのかについて検討する概念である。分析ツールとしてのインターセクショナリティは、とりわけ人種、ジェンダー、セクシュアリティ、階級、ネイション、アビリティ、エスニシティ、そして年齢など数々のカテゴリーを、相互に関係し、形成し合っているものとして捉える。インターセクショナリティは、世界や人々、そして人間関係における複雑さを理解し、説明する方法である。(括弧は下地追記)

「インターセクショナリティという言葉は知っているけれど、日本社会の中でこの概念をどう捉えれば良いのだろう?」という疑問の声も聞かれる。

「インターセクショナリティとは何か?」を説明する論文やウェブ記事はすでに多く存在するため、ここではこの概念を説明したり解説するのではなく、「日本社会におけるインターセクショナルな探求や実践にはどのようなものがあったのか?」というテーマに迫ってみたい。

 

日本におけるインターセクショナリティの現況

「インターセクショナリティ」という言葉そのものも日本社会に浸透してきている。

すでに日本社会におけるインターセクショナリティの意味を理解する上で必須ともいえる文章は、ウェブ記事や論文書籍など様々な形式でいくつも登場している。例えば以下のようなものである。

●Vogue Japan、清水晶子、「フェミニズムに(も)『インターセクショナル』な視点が必要な理由【VOGUEと学ぶフェミニズム Vol.5】」
●SisterleeとNOISIEの共同企画、飯野由里子, 聞き手:Sisterlee編集部・妹、「フェミニズムで必須の概念『インターセクショナリティ』、なぜ日本で知られていないのか」
●ヒューライツ大阪、徐阿貴、「Intersectionality(交差性)の概念をひもとく」
●美術手帖、鈴木みのり×丸山美佳対談、「インターセクショナルな視点と、葛藤を手放さないこと」(特集「女性たちの美術史」)
●The Headline、徳安慧一、「インターセクショナリティとは何か?」
●国連ウィメン日本協会、「インターセクショナル・フェミニズムとは?なぜ今、重要なのか?」
●ローリングストーン・ジャパン、Jamil Smith、「歴史の転換点となったBlack Lives Matter、創始者が語る『人種差別抗議』の真意」

このように、インターセクショナリティを解説する日本語の記事が増加している。また、インターセクショナリティを学ぶ上で日本語論文として必読と言えるもののなかに、熊本理抄、藤高和輝、清水晶子らによる論考があげられる(それぞれ後に取り上げたい)。

とりわけ熊本が詳述しているように、これまでの日本社会のマイノリティ女性たちの社会運動において「複合差別」と「交差性」概念は重要なキーワードであった。

当時から中心的役割を果たしてきた国際人権NGO反差別国際運動(IMADR)の元事務局員であり現在は近畿大学・人権問題研究所教授である熊本自身の活動も含め、一つ一つ積み重ねられてきたマイノリティ女性たちを中心とする批判的探求と批判的実践の蓄積は重要である。

また、冒頭に挙げた書籍『インターセクショナリティ』ではラティニダーズというブラジルの黒人女性たちによるインターセクショナルな複合イベントの事例が示されているが、日本社会でもインターセクショナルなイベントやプロジェクトが開催されている。

フェミニズム講座や調査研究なども実施する団体「ふぇみ・ゼミ」はインターセクショナリティをその活動の中心に据えており、「インターセクショナリティをフェミニズムにとって不可欠の認識とし、差別のない社会を実現するための教育、調査、研究、文化活動、社会運動をおこなって」いるという(ふぇみ・ゼミ公式サイトより)。

また、「インクルーシブ(inclusive)でインターセクショナル(intersectional)なフェミニズムや、クィアの探求をする、様々なアイデンティティを背景に持つフェミニストたちのプロジェクト」として、ZINEやグッズを発信してきた「NEW ERA Ladies」は、2021年3月に複合イベント『プンクトゥム:乱反射のフェミニズム』を主催した。デザイナーの宮越里子による主旨説明文には以下のようにインターセクショナルなアイディアが示されている。

非正規労働とフェミニズム、現代アートと野宿者の生、在日の女性であり学問と文化の発信者たちの対話、複合差別や交差性に耳をすますジェンダーとセクシュアリティの研究者たちの声、移住者の女性がこの社会で生きてきた歴史と現在について当事者と運動家たちの語り合い、セックスワークと女性の自立とは何かをめぐる探求者たち、99%のためのフェミニズムを伝えようとする女性研究者の姿、そして、トランスジェンダーの表象と生をめぐる話。新自由主義に抗するフェミニスト、障害とともに生きるクィア、国を持たないクルド人、帝国主義と戦時性暴力や植民地主義を問う人、性的マイノリティ、労働運動、アナルカ・フェミニスト、仮放免中の非正規滞在者…。ひとりひとりが「パンとバラ」を手に入れられる社会のために、どれほど多くの困難があることでしょうか。けれど、それはきっと、それぞれのシーンでプンクトゥムを生きている私たちが作り出す新しい乱反射であり、幸福な出会いでもありうるのではないか。その展望を探り、各々が抱えている疑問を交換しあい、ほんの少しでも希望を見出せるような企画となることを願っています。

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