「逆演算」と「仮想演習」
筆者が成人を考えるとき、否、日本人をながめるとき、いつも痛切に感じるのは、なぜ、この国の人々は事前の想定、リスクの計算をしないのか、ということであった。
換言すれば、「逆演算(ぎゃくえんざん)」「仮想演習」の国民的欠如である。想定外の大きな災難に見舞われたとき、役に立つのは「逆演算」「仮想演習」である。そんな便利なものがあるのか、と疑われる読者がいるかもしれない。
といったのは、プロシア(ドイツ)の鉄血宰相ビスマルクであった。すなわち歴史こそが、「逆演算」「仮想演習」を可能にするのである。
「逆演算」「仮想演習」は通常の時系列の考えとは逆に、たとえば昭和4年(1929)にアメリカで発生した世界恐慌に、突然巻き込まれたとき、日本の企業はこの危機にどのように対処したのか、と歴史(過去)のデータを調べ、史実に学び、具体的にはどのような突発事が起きたか、という事例からフィードバックを受けて応用し、今日を思い浮かべ、その危機を誘発する基本的な原因(原理・原則)を突きとめ、検討する手法である。
ちなみに、歴史的に過ちを繰り返してきた日本人の共通項は、「油断」であった。
物事は順調にいっているときこそ、実は想定外の難問が発生しているケースが多い、と歴史は語りかけているのだが、人々は聞く耳を持たず、自分たちは例外とでも考えるのか、非常事態の起りを歴史に学ぶことなく、それでいて想定外の突発的な災難(アクシデント)に遭遇すると、慌てふためく。
これはスポーツ選手であろうが、企業経営者であっても共通していることだが、頭の中でシミュレーションをくり返し、いくつもの道筋を想定できている人は、実際、事に臨んでもうまくいく可能性が高い。逆にいえば、失敗を未然に防ぐことができる。自然災害への対応をみるとよい。
成人も同じ。“備えあれば患(うれ)いなし”(中国儒学の古典『書経』「説命篇」)である。――これは、歴史学の道理でもあった。