キログラム原器が重要文化財になっても「現役」であり続ける理由

戦時下でも守られたその希少性とは

明治23年に日本到着

明治時代から約130年にわたって日本の質量の基準とされてきた「日本国キログラム原器」が、重要文化財に指定されることになりました。日本国キログラム原器が日本の近代化において果たした歴史的、学術的価値を評価して重要文化財に指定することを、2021年10月15日に開催された文化審議会が文部科学相に答申したのです。

1890年(明治23年)に日本に到着した日本国キログラム原器は、近代国家への道を歩みはじめた日本が、国際社会に通用する度量衡(どりょうこう)制度を整備し、工業化を進める基盤として重要な役割を果たしました。以来、日本国キログラム原器は、農商務省中央度量衡器検定所にはじまり、その後継機関である産業技術総合研究所(産総研)にいたる約130年にわたって、「質量の基準」として厳重に管理されてきたのです。

産総研では現在、特別に空調された地下の「原器庫」内に、さらに金庫に収納した状態で保管されています。

【写真】キログラム原器と原器庫・金庫上:明治、大正、昭和、平成、令和にわたる130年間、日本の質量の基準であった日本国キログラム原器(産業技術総合研究所提供) 下:日本国キログラム原器が保管されてきた原器庫と金庫(産業技術総合研究所提供)。原器庫の内壁はステンレスで覆われ、その内部はつねに20℃に制御されたうえで、乾燥した空気が流されている。湿度をできるだけ低く保ち、カビの発生によって日本国キログラム原器の質量が変動することを防ぐための措置だ

原器の役目は終わった…?

以前の記事でも紹介したとおり(〈キログラムの定義が変わる、そのとき何が起こるのか?〉https://gendai.ismedia.jp/articles/-/55228)、2019年5月20日に、1キログラムの定義が「国際キログラム原器」という金属分銅から、原子1個の質量に関連する物理定数「プランク定数」へと変わりました。キログラムの基準がそれまでの原器という金属分銅から、物理定数に変わったのを機に、今回の重要文化財への指定につながったのです。

それでは、従来は厳重に管理されてきた日本国キログラム原器は、重要文化財になったことで博物館に陳列される“歴史上の遺物”になってしまったのでしょうか?

そうではなく、じつは日本国キログラム原器は、引き続き最高性能の分銅として、日本の質量計測の信頼性の一翼を担うことになっています。「定義」が変わったのに、なぜまだ必要とされるのか、金属の塊である分銅に性能の良し悪しなどがあるのか。たくさんの疑問が生じますね。

その説明をする前に、「キログラム原器」がどういうものか、そしてどのような役割を担っていたのかをご紹介しておきましょう。

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