毎日来ていた客が来ない。その理由は…

毎晩、または毎日ランチタイムにと、決まった時間に来てくださる常連さんも増えてきたある日、一日も欠かさず来ていた高齢の男性客が、来なかった。互いの電話番号を教えあうほどの仲になっていた西山さんは、迷わず電話してみた。
「前の日も、じゃあ、また明日、と言っていた。具合が悪くて来られないなら自宅にいるはずなのに、だれも出ない。電話に出られないほど、具合が悪いんじゃないかと気になって」

電話をしてから1時間も立たないうちに店を出て、自宅をたずねてみると、高齢の男性が意識を失い倒れていたという。急いで救急車を呼び、事なきを得たが、西山さんが気づかなかったら、どんな事態になっていただろうか。

アプリの利用に迷う客がいれば、何度でも付き合う西山さん。スタッフは、このような店長と客のやりとりを見て、接客を学ぶのだろう。

そんな西山さんにとって客とは、どんな存在なのか。
「大事な存在、です。わかりづらいですか。うちの店ではアルバイトさんに、お客様を自分の大切な人だと思ってください、と言っています。親であり、恋人であり、先生であり、友達であり。自分の大事な人が店に来てくれたら、何をしてあげたいと思うか。その気持ちで、接客してくれたらと思います」

 

地元の農家や市民農園と連携

西山さんの「接客道」にすっかり引き込まれ、肝心の市民農園と食材の話を聞くのが後回しになってしまったが、食材は地元の農家や、市民農園と連携し、ユーカリが丘産のものを積極的に使っている。また、客として来て顔見知りになり、市民農園で余った野菜を店まで持ってきてくれるようになった住民もいるという。

「今の時期は落花生、夏はゴーヤ、初夏はソラマメをたくさんいただきました。新鮮で無農薬のものが多く、お客様に出すと、とても喜んでもらえます」(西山さん)

もらったものだから、とお代はもらっていないという。また最近では、アルバイトスタッフと一緒に農園を手伝うようになった。

休日に畑を手伝う西山さん(左)と、スタッフ。右側は農家さん。写真提供 西山征希

「無農薬有機栽培の契約農家さんのところで、先日奥様がご出産され、農業の担い手がご主人お一人になってしまって。かなり大変そうだったので行ってみると、サトイモやサツマイモを収穫して再び土に埋め戻す作業で、実際きつかったです」

けれども、きついだけでなく、学びもあったという。

西山さんはいう。
「飲食を仕事にしているのに、野菜の育て方も収穫のやり方も『寝かせる』ことも何も知らなかった。農家さんから聞いて『知る』のと、実際にやってみるのとでは、理解の深さが変わります。店に戻って畑で学んだことをスタッフに話すと、まず料理長が一緒に行くと言い出し、すぐに他のスタッフも行くようになりました。体験すれば、今度はお客様に伝えたくなる。すると、聞いたお客様の中にも興味を持たれる方がいらっしゃって、じゃあ、一緒に行きましょうと。今ではお客様も一緒に定期的に行くようになりました」

野菜の美味しさから畑に興味を持った客は、西山さんの声掛けで、一緒に畑に行くようになったという。写真提供:西山征希

市民農園と住民をつなぎ、ユーカリが丘の食の未来を住民と一緒に考える料理店を作りたい。代表の大久保さんの想いは、自然に西山さんが実践するようになっていた。