『ウエスト・サイド・ストーリー』をつくった男 スティーブン・ソンドハイムを悼む

作詞と作曲の両輪で独走した巨匠

11月26日に、ブロードウェイを代表する作詞・作曲家であるスティーブン・ソンドハイムが亡くなった。91歳であった。年齢的には大往生と言えるが、亡くなる前日まで元気だったこともあり、筆者はソンドハイムが亡くなったことをまだ信じられずにいる。ブロードウェイの巨匠を追悼したい。

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スティーブン・ソンドハイムは1930年生まれ。複雑な家庭環境のもとに育ち、母親との関係に苦しんだ。

息子と友達になったことからオスカー・ハマースタイン2世の薫陶を受け、ミュージカルの基礎を学んだ。ハマースタイン2世は、『オクラホマ!』『回転木馬』など、物語を語り、物語が展開するがゆえに歌とダンスになるブック・ミュージカル(脚本ミュージカル)を育て、ブロードウェイ・ミュージカルを隆盛に導いた作詞家・脚本家・プロデューサー・演出家である。

ソンドハイムはまず、『ウエスト・サイド・ストーリー』(1957年)と『ジプシー』(1959年)において、作詞家として頭角を現した。だが、作詞よりも作曲により大きな関心をもっていた彼は、その後は一作を除いて作詞と作曲の両方を担当するようになる。

『ローマで起こった奇妙な出来事』(1962年)はトニー賞ミュージカル最優秀作品賞に輝いた。

そして、ハロルド・プリンスが演出を担当し、『カンパニー』(1970年)『フォリーズ』(1971年)『リトル・ナイト・ミュージック』(1973年)『太平洋序曲』(1976年)『スウィーニー・トッド』(1979年)などを送り出し、全盛期を迎える。

このうち、『太平洋序曲』は黒船来航に始まる日本の西洋化をテーマとした作品で、2004年のブロードウェイ・リバイバル公演では宮本亞門が演出を行った。筆者も初日の公演に駆けつけたものである。

プリンスとのコンビ解消後は、ジェイムズ・ラパインの演出で、『サンデー・イン・ザ・パーク・ウィズ・ジョージ』(1984年)『イントゥ・ザ・ウッズ』(1987年)などの作品を残している。

ソンドハイム個人のトニー賞の受賞歴は8回に及ぶ。このほかにも米国の大統領自由勲章など多数の賞を受賞している。彼の功績を称え、西43丁目の6番街とブロードウェイの間にあるヘンリー・ミラー劇場は2010年にスティーブン・ソンドハイム劇場に改称し、今日に至っている。

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