入国から10日で「不審死」…まだまだ知らない「入管」の深すぎる闇

ウィシュマさんだけではなかった
織田 朝日 プロフィール

来日してわずか10日後、謎の死を迎えた…

2014年11月12日、ニクラス・フェルナンドさん(当時57歳)は、コロンボの空港から羽田空港にやってきた。同年3月20日にはニクラスさんの息子であるジョージさん夫妻が来日していて、その後を追っての来日だった。

ニクラスさんの家族は、スリランカ野党政党の支持者であったことから与党政権に目を付けられ、与党支持者による自宅襲撃や殺害予告を受けるなどしてその身を脅かされていた。ニクラスさんとジョージさんは命の危険を感じ、急いで母国を出て日本で難民申請をすることを決意した。日本を選んだ理由は、他国に比べてビザが取りやすかったからだ。

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そしてジョージさん夫妻がまず来日。難民申請をすると半年間の「特定活動ビザ」を得ることができた。そしてその数か月後に、ジョージさんの父親であるニクラスさんも来日した。

ニクラスさんは観光ビザで羽田空港に到着したのだが、なぜか空港の入国審査で入国を拒否され、強制的に留め置かれてしまったのである。「空港では、職員に胸ぐらを掴まれたり、国に帰るよう怒鳴られたりした」――ニクラスさんは、のちに面会でジョージさんにこのように語った。

そして2014年11月17日、ニクラスさんは品川区にある東京入管に移送された。そしてその5日後の11月22日に、彼は命を落とした。来日してわずか10日後、あまりにも早すぎる死であり、だれも予想だにしなかった悲しすぎる結末である。

しかし入管という特異な施設においては、ニクラスさんの悲劇もまた「日常風景のひとつ」にすぎない。ニクラスさんの悲劇からその4年後の2019年には、中東からやってきた男性も、ニクラスさんと同じ状況に追い込まれた。観光ビザがあるにもかかわらず、空港の入国審査にひっかかったという。

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