事件を闇に葬ろうとする入管の圧力
話をニクラスさんの事件に戻そう。ニクラスさんと同室だった被収容者の証言によれば、彼は収容後、「胸が痛む」と激しく訴えていた。そのようすに、同室の人たちも職員に病院に連れていくよう頼んだ。ニクラスさん自身も、「本当に胸が苦しいんだ。私はクリスチャンだから嘘はつかない。病院に連れて行ってくれないと死んでしまう」と聖書片手に嘆願していた姿を何人もが目撃している。
ところが、職員たちが連れて行った場所は、病院ではなく監視カメラのある独居房であった。「胸が痛い」という彼の悲痛な訴えを、職員たちは仮病と捉えていたのだろうか。狭い独居房の中でニクラスさんは胸の痛みに苦しみつづけ、食事もとれないほどであった。しかしそれでも、彼が病院に連れて行ってもらえることはなく、そのまま亡くなってしまったのである。

息子のジョージさん夫婦は、半年間のビザを発行され、日本に住んでいた。予期せぬ父の死が起こると、入管側に「この先も在留資格を与える」ということを仄めかされ、裁判を起こさないように釘を刺されたという。
難民申請者であるジョージさんにとっては、愛する父を死に追いやった入管を許せない気持ちが強かったが、立場が非常に弱かった。生きている家族を守るために、泣く泣くこの事件の追及をあきらめることを決めたのである。
その3年後に突然、ジョージさんはビザの更新を打ち切られた。「話が違う」と憤っても、入管職員には「母国へ帰れ」といわれつづけた。騙されたと感じたジョージさんは、弁護士事務所に行き、父親のことで裁判ができるかを相談した。しかし事件からすでに3年が過ぎ、時効であることを告げられた。
「入管は、お父さんが死んで、ごめんなさいも言ってくれなかった」――ジョージさんは、いまとなってはどうすることもできない悔しさと後悔の念にさいなまれている。