通知表は誰のため、何のためにあるのか
さらにA先生は「通知表が何のためにあるか。そこをもっと考えるべきです」と強調する。
学習評価(通知表)が存在する理由は「子どもを褒め、励ますため」であってほしい。「教師のスキルアップのため」であってほしい――先生の考えや実践は、文部科学省も推進している。
2020年10月に同省初等中等教育局教育課程課が通達した「新学習要領の全面実施と学習評価の改善について」には、三つの「学習評価の改善の基本方針」が記されている。
2)教師の指導改善につながるものにしていくこと
3)これまで慣行として行われてきたことでも、必要性・妥当性が認められないものは見直していくこと
また、A・B・Cの「総合評価」をする際に見るべき「三つの観点」がある。それは「学びに向かう力(主体性・意欲)・人間性等」「知識・技能」「思考力・判断力・表現力等」とされる。
「学期末のA・B・C評価は不要だと思います。各教科の単元ごとの終わりに、個々のリフレクション(振り返り)にしっかり付き合えばいい。その時、教師がする『ここは頑張ったな。あとは〇〇をやってみよう』といった声掛けこそが、子どもにとっての評価。それが子どもたちの学習改善につながるものになります」

こう説明するA先生によると、元公立小学校教員で2022年4月に開校するオルタナティブスクール「ヒロック初等部」(東京都世田谷区)のスクールディレクター蓑手章吾(みのて・しょうご)さんの実践が、それに近いそうだ。蓑手さんの授業は1時限ごとに、このリフレクションの時間が確保されている。
このようなやり方を伝えた蓑手さんの著書『自由進度学習のはじめかた』を、今年度に1クラス20人ほどの6年生を担任したB先生が実践したところ、子どもが激変したそうだ。主体的に学習に取り組み、各々が進化したため、「意欲」に対する評価は全員Aになる。ところが、B先生は「全員Aにする勇気がない」。仕方なく、何人かの「知識・技能」にCがつく子どもの「意欲」をBに下げた。
テストが20点の子どもが「算数、楽しい!」と日記に書いた。それなのに「意欲」にAは付けられないという。取材時に「えーっ!なんで?」と叫ぶほど驚かされた。
こうなる理由は、三つの観点のうちひとつにCがついている子には「A」を付けないという暗黙の了解があるためだ。AとCの共存はあり得ない、というところか。そうなると、教育の多様性、個性の創出といったものは置き去りにされるのではないか。
海外に目を移すと、ニュージーランドは「努力」という観点での絶対評価で、米国は「積極性」が重んじられる絶対評価だ(『StudyHacker こどもまなび☆ラボ』)。いずれも、子どもの成長を支え、励ます内容、システムになっているように映る。
また、日本には通知表がない小学校だってある。長野県伊那市立伊那小学校だ。通知表のみならず、時間割やチャイムもない。動物を飼育するなど、40年以上も前から探究的な総合学習の実践に取り組んでいる。
日本では、果たして通知表が本当に子どもの成長を支え、促すものになっているだろうか。学校の都合による、学校のためのものになってはいないだろうか。より現実と向き合うには、保護者の意見も必要だ。
この冬休み、そんなことを考えながら、通知表を開いてほしい。
