脳と人工知能の研究を融合させたら、どんなことが可能になるのか――いま注目を集める「ブレインテック」の分野。科学者だけでなく、イーロン・マスクなどの起業家も参入し、次々と新しい研究成果が生まれている。
最先端の話題を一般向けに解説した新刊『脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか』(紺野大地・池谷裕二:著)から、すでに実現している最新研究をご紹介しよう。
考えていることをAIが文章にしてくれる
「脳活動を人工知能で読み取ることで、その人が考えていることを直接文章に翻訳できるようになった」という研究があります。
まさにテレパシーのような、SF小説の中でしか聞いたことがないような研究です。いったいどうやってそんなことができるようになったのでしょうか?
アメリカのカリフォルニア大学サンフランシスコ校のエドワード・チャン先生らのグループにより行われたこの研究ではまず、皮質脳波計というシート状の電極をてんかんという病気の患者の脳に手術で埋め込みました。
てんかんとは、神経細胞が過剰に興奮してしまうことで、一過性に意識を失ったりけいれんを起こしたりする病気です。次に、脳波計を埋め込まれた患者に50個ほどの短い文を音読してもらい、その間の脳波を記録しました。

用意された文をいくつか紹介すると、
"Those musicians harmonize marvelously."(「その音楽家たちは素晴らしいハーモニーを奏でます」)や"There is a partially eaten cake on the large table."(「大きなテーブルの上に食べかけのケーキがあります」)
といったごく普通の文章です。
患者に短文を音読させ、その間の脳活動を記録するという一連の流れを繰り返すことで、人工知能は「こういうことを話しているときには、脳はこういった活動をする」という関係性を学習していきます。人工知能がこの対応づけをきちんと学習することができれば、その人工知能を逆方向に用いることで、その人の脳活動から文章を予測することができるようになります。
ここまででこの人工知能は、脳活動だけからその人が実際に声を出して話している内容を予測できるようになりました。
97%の精度に到達した
そしてこの研究がさらにすごいのは、「文章を音読せずに頭の中で思い浮かべるだけで、その文章を予測できるようになった」という点です。これが可能になったのは、「文章を声に出して音読しているとき」と「文章を声には出さずに思い浮かべているとき」の脳の活動が似ているからです。
最終的にこの研究では、「頭の中で考えていることを文章に翻訳する精度」が最大で97%に到達したと主張しています! ものすごいイノベーションと言えるでしょう。

ただし、この研究にもまだまだ多くの改善点があります。
第一に、一部の文章に対してはうまく翻訳ができなかったと報告されています。たとえば、「その音楽家たちは素晴らしいハーモニーを奏でます」という文章を「そのほうれん草は有名な歌手です」と翻訳してしまったそうです。「ほうれん草は歌手にはならない」という事実は人間にとっては当たり前のことですが、人工知能にそのような「一般常識」を学習させることは実は非常に困難です。
どのようにして人工知能に人間が持つ一般常識を学ばせるのかは、今後の人工知能研究における大きな課題の一つです。
また、この研究はあくまでも、てんかんの治療目的で脳波計を埋め込んだ人が対象でした。97%の精度で考えていることを文章に翻訳できるようになったことは素晴らしい成果ですが、健康な人の頭蓋骨に穴を開けて脳波計を埋め込むような時代は、安全面や倫理面の問題から当分来ないでしょう。