【予言者 南部陽一郎の素顔】奥手の陽一郎を射落とした聡明な妻 

「ひとめぼれ」を貫いて、夫を追った

「自発的対称性の破れ」をはじめとする数々の新理論を発見し、20世紀最高の物理学者の一人と称された南部陽一郎。あまりにも時代を先取りしていたため「魔法使い」とも呼ばれたその生涯を追った初の本格評伝『早すぎた男 南部陽一郎物語』が、このほど科学ジャーナリスト賞2022を受賞した。

科学ジャーナリスト賞2022 – 日本科学技術ジャーナリスト会議 (jastj.jp)

これを記念して、南部と智恵子夫人との心温まる夫婦愛が描かれた"番外編"を同書より抜粋してお届けする。

「陽ちゃん、お茶」

自発的対称性の破れや量子色力学など、3つの大きな成果を生み出し、海外で著名な存在となりつつあった南部を、日本も放っておけなくなった。1978年に南部は日本から文化勲章を授与された。日本の国籍を離れた人物が最高峰の文化勲章を受章するのは異例のできごと。湯川、朝永に続くノーベル賞への期待が高まった。南部が57歳のときだった。

その頃になると、南部の元には日本から優秀な若手研究者が代わる代わるやってくるようになっていた。日本の主な窓口は、帰国して東大理学部の教授になっていた西島和彦と宮沢弘成の2人だった。

南部の一番弟子とされる江口徹の場合は、東大の博士課程を修了した1970年代なかばに博士研究員として南部研究室に入った。江口は大学院生の頃に結婚していてシカゴには夫婦でやってきた。

そんな2人は南部家を初めて表敬訪問するなり、カルチャーショックを受けた。お茶の時間になったとき、夫人の智恵子が陽一郎に向かって「陽ちゃん、お茶」と声をかけたからだ。

南部家では相手をファーストネームで呼ぶ習慣が定着していた。陽一郎が智恵子をどう呼んでいたかははっきりしない。しかし智恵子が「陽ちゃん」と声をかける光景には南部家を訪ねた誰もが遭遇し、ハッとさせられた。

【写真】1980年ころの夫妻1980年ころの夫妻(『南部陽一郎物語』より)

この逸話にはまだ続きがある。

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