絵に描いたような冬晴れの日曜の朝、神田沙也加さんの訃報を知った。その前日、演劇関連のライター仲間からのLINEで、神田さんが『マイ・フェア・レディ』の札幌公演を休演し、朝夏まなとさんのチームが代役に立ったことは知っていたが、こんなことになっていたなんて。時が止まったかのような衝撃を受けながらも、私は劇場に行く身支度をする。彼女がいなくなった世界でも、日本のさまざまな場所で、当たり前のようにミュージカル興行の幕が上がる。いや、決して当たり前じゃない。昨年来のコロナ禍で、ひとつの舞台が上演されるのは奇跡のようなものだと私たちは思い知った。

私は神田さんのファンだったわけではない。しかし、大のミュージカルファンということもあり、初舞台を含め彼女の出演作は何作か見ている。ミュージカルの舞台上での彼女は、ありきたりの言葉で恐縮だが、眩しいばかりに輝いていた。とても素敵な俳優だった。そして、それ以上のことは私は何も知らない。

年末、神田沙也加さんが35歳の若さで天国に旅立ったというとても悲しいニュースが流れた。まずは神田沙也加さんのご冥福を心からお祈りするとともに、神田正輝さん、松田聖子さん、そしてご家族のみなさまに心からお悔やみを申し上げる。なにより神田沙也加さんは素晴らしい俳優だった。大スターの娘という幸せと苦しみを抱えながら、本人が壮絶な努力をしたことで、自身がとても輝いていたのだ。その作品は多くの人の心に残っているし、実際映像に残っているものは観ることもできる。そこには、確実に神田さんが輝いて生き、多くの人の心を感動させた証がある。ミュージカルを愛するライターの長谷川あやさんに彼女がどんな素晴らしい俳優だったのかをまとめていただいた。
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初舞台、客寄せパンダではという周囲の想いをよそに

初めて舞台上で歌い、演じる彼女を見たのは、宮本亞門さん(当時は宮本亜門)演出の『Into the Woods』(2004年)。今年11月に91歳で亡くなった、スティーブン・ソンドハイムさんが作詞・作曲したミュージカルで、この作品で神田さんは初めてミュージカル出演を果たしている。
当時、神田さんが出演すると知り、私は訳知り顔で、「ああ、客寄せパンダ枠ね」くらいに思った。そして、そう思った舞台ファンは多かったと思う。

おとぎ話の主人公たちのその後を描いた同作で、神田さんは、好奇心いっぱいで、食いしん坊の赤ずきん役をチャーミングに演じた。歌や芝居は決してうまかったわけじゃない。でも私は全身全霊の芝居にひきつけられた。いや、圧倒されたと言ってもいいかもしれない。

2021年12月19日朝、宮本さんは、Twitterで、同役のオーディション合格後、神田さんが、「私は有名人の娘だから受かったのですか?」と聞いてきたこと、「嫌、絶対違う!オーディションで多くの人を見て、君が1番素晴らしかったからだ!」と否定すると、神田さんが安心した顔で、「私、本物になりたいんです」と語ったことを明かしている。

宮本亞門さん公式Twitterより
宮本亞門さん公式Twitterより

その何年もあと、私は彼女にインタビューする機会を得た。その際、彼女は当時のことを振り返り、「ミュージカルだから、この作品だからというより、そこにオーディションがあったから参加したという感じです」と言っていた。彼女は笑っていたが、私は何者かになろうと必死でもがいていたのであろう17歳の神田沙也加さんの心中に思いを馳せ、少しだけ苦しくなった。

映画『Into the Woods』Galaプレミアにて。主演のメリル・ストリープは日本のプロモーションで神田沙也加さんの歌声を生で聞き、その歌声とチャーミングなキャラクターを絶賛していた Photo by Getty Images