そもそも「燗」ないしは「お燗」という言葉が使われなくなっている。
「燗」は、かなり死語に近くなっている。
ほぼいまは「熱燗」という言葉に入れ替わっている。
いや、熱燗って言葉が残っているのなら。「燗」は死語ではないだろうとおもわれるかもしれない。
そこである。
そこがもう、私のような世代から見れば、絶望的な断絶を感じるところだ。

本来、「燗」と「熱燗」は違う。
熱燗は、ふーふーとちょっと息を吹きかけたくなるくらいの熱さであり、燗はすっと飲めるくらいの熱さである。
その下が「ぬる燗」で、これは、すこーしだけあたためた、という、かなりぬるめのものである。ぬる燗が風呂だとすると、ここに入ったらまず確実に風邪を引くだろうなと確信できるくらいの温度である。
だいたいこの三段階で分けられていた(もっと細かく分けられていることもあるが、それは相当なマニアックな区別になってくる)。
でもこれが(三段階の区別さえも)、ほぼなくなった。
「燗」という言葉がなくなり、「熱燗―ぬる燗」の二択になっているのだ。
ふつうの居酒屋で「日本酒のお燗」と頼むと、だいたい「熱燗ですね」と言われる。
ここで「いや、熱燗じゃなくて」というと、次はもう「ぬる燗ですね」と言われて、その間がない。
以前は「いや熱燗じゃなくて、ぬる燗じゃなくて、その間のお燗」といったことが何度かあるのだが、これをやるとすごく困惑される。バイトだとぽかーんとしている。「いや、それは無理だ」と明言されたこともある。ちょっとお待ちくださいと店員が去ったあと、すごくちゃんとした格好の店長クラスの人が出てきたこともあった(ちょっと高い焼肉店の新宿店)。
ほぼ、というか、もう、完全にクレーマー扱いである。