一方、前述したとおり、金正恩氏は市民に謝り、涙まで見せている。それでも、市民の信頼を得られなかったらどうするのか。それが、朝鮮中央通信が1日に報じた「党中央委員会政治局は金正恩同志に総会の司会を委任した」という表現に表れている。
近年、金正恩氏は会議に出席するものの、以前の「指導した」という表現から「司会した」という表現に変わっている。別の元党幹部は「これは、会議で決めたことは、金正恩だけの責任ではないという意味だろう」と語る。12月31日に閉幕した党中央委総会も、分科会まで開いて討議している。この元党幹部は「労働党の歴史上、会議がこれほど続くのは異例、異様なことだ」と語る。
この元幹部によれば、会議の意味が日本や欧米社会と、北朝鮮では根本的に異なっているという。
「朝鮮で行われる会議で、議論が繰り広げられると思うか。それは唯一指導体制に相反することだ。議論など党中央への反逆と受け止められかねない。会議は党中央の意思決定を伝える場でしかなく、いちいち公開する性格のものではない」
そのうえで、元幹部は「西側への宣伝というよりも、国内に向けたアピールだろう。国民の声を反映しているという意味と、会議の決定は金正恩だけでなく、全員に責任があるという意味だろう」と話す。
北朝鮮では1990年代半ばに起きた「苦難の行軍」と呼ばれる食糧危機の際、党の農業担当責任者だった徐寛熙書記が「米国のスパイだった」という理由で処刑された。2009年11月の貨幣改革(デノミネーション)に市民が反発すると、改革を主導した朴南基党計画財政部長が処刑された。2021年1月の党大会で「党総書記の代理人」として新設された「党第1書記」も、責任の分散という目的のための、スケープゴートとしての職責かもしれない。
権威は金正恩氏に集中し、責任は部下に分散させる。では、本当の権力はどこにあるのだろうか。
「赤い貴族」の存在
北朝鮮では、金正恩氏の考え通りに国政運営が進んでいないことが最近、次々に明らかになっている。
米韓両政府関係者によれば、正恩氏は2018年4月の南北首脳会談の際、文在寅韓国大統領に「1年以内の非核化も可能だ」と語った。韓国政府の通報を受けたトランプ米政権は勇躍、北朝鮮との非核化交渉に臨んだが、19年2月にハノイで行われた米朝首脳会談で、正恩氏は「寧辺核施設の非核化しか応じられない」と繰り返した。米政府は、崔善姫第1外務次官ら側近が、正恩氏を説得して考えを修正させたとみている。