2022.01.09

民主主義と権威主義、どちらの「社会経済パフォーマンス」が上なのか? データ分析が示す驚きの結果

「民主主義の危機」?

「民主主義の危機」が叫ばれている。代表民主制への高まる不信、米国のトランプ前大統領に代表されるポピュリスト政治家の台頭、そして極端な党派対立の進展などがその背景をなしている。一方、中国をはじめとした権威主義諸国は、自らの統治の実績上の優位を強調している。新型コロナウイルスへの迅速な対応や、急速な経済成長の喧伝は、その一端だろう。

危機にある民主主義と影響力を増す権威主義の対峙は、米バイデン大統領の主導で先月おこなわれた「民主主義サミット」やそれに対する中国・ロシアの反発によって、いっそう深刻なものとなっている。エスカレートする民主主義と権威主義の対立は、国際政治を規定する最重要のファクターとなっているといえよう。

しかし、はたして、民主主義は権威主義よりも社会経済パフォーマンスで劣っているといえるのであろうか。この小論では、民主主義体制、権威主義体制といった「政治体制の違い」が、多様な社会経済的帰結に与える影響について、政治学や経済学で蓄積されてきた実証的知見をもとに考える。結論を先取りしておけば、民主主義はそれ自体改善の余地があるものの、過去のデータを分析する限り、少なくとも権威主義と比較して望ましい社会経済的パフォーマンスをもたらしてきた、ということになる。

〔PHOTO〕iStock
 

まず、民主主義とはどのような体制として位置付けられるだろうか。現代の民主主義とは、権力の抑制と均衡の仕組みを憲法に規定し、市民への政治的権利と自由の保障をつうじて公正な選挙をおこなう政治体制である。…と言うと、かなり堅く聞こえてしまうと思うので、順次説明しよう。

この民主主義の定義には2つの次元がある。一つは、多様な考えや利害をもつ人々の代表が相互に競争し、過剰な権力行使を抑制しあう「自由主義」の側面であり、執行府・立法府・司法府(日本の国政で言えば、政府・国会・最高裁)や様々な監視機関のあいだの権力のバランスを意味する「水平的アカウンタビリティ」を含む。もう一つは、自由かつ公正な選挙をつうじて、市民の意思(民意)に政策決定者が応えようとする「民主主義」の側面であり、「垂直的アカウンタビリティ」と呼ばれる。

逆に、権威主義体制とは、2つのアカウンタビリティが十分機能せず、1人の政治指導者(独裁者)が権力を専有し、選挙が公正ではない政治体制を指す。

自由民主主義の2つの要素は、功罪両方の側面があると考えられてきた。「自由主義」の側面は、恣意的な権力の行使を抑え、いわゆる「多数者の専制」を食い止めることが期待される。他方、そうした制約はタイムリーな政策対応を困難にするかもしれない。

「民主主義」の側面は、大衆の求めることを政治家が実行に移すことを促す。他方、政治家は選挙で再選されることを望むあまり、長期的視野に立たず大衆に「パンとサーカス」を与える近視眼的な政策を実施するかもしれない。

こうした自由民主主義体制の負の側面を強調して、権威主義体制の利点を考えてみるとどうなるだろうか。権威主義体制の場合、意思決定は独裁者1人の手に委ねられているため、(たとえばパンデミックなどの)様々な事態に臨機応変に対応でき、選挙など目先の利益を考えずに長い目で物事を決められるという「開発独裁論」の主張に行き着く。

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