民主主義と権威主義の特徴、そしてそれらの功罪を念頭に置き、社会科学者たちは政治体制と様々な社会経済パフォーマンスの関係について、多くの実証的知見を積み上げてきた。以下では、筆者が共同研究者たちと発表してきた実証分析を中心に据えながら、権威主義と民主主義のうち、いずれが優れた社会経済パフォーマンスを生み出しているのかみていこう。
民主主義は経済成長を阻害するのか?
民主主義の社会経済パフォーマンスを実証的に考えるとき、政治学者や経済学者によってもっとも旺盛に研究が進められてきたトピックの一つが、民主主義が経済成長に与える影響についての分析である。民主主義は、水平的アカウンタビリティをつうじて法の支配が尊重され、市民の財産権を保障する。財産権が保障された市民は、財産が公権力に没収されるのを恐れず投資に専念できるため、結果として経済成長につながる。
他方、民主主義には垂直的アカウンタビリティの経路もある。選挙で勝利するために、政府は投資指向のビジネスエリートよりも消費志向の大衆の支持を優先しうる。そうであるなら、民主主義の導入は経済成長の原動力である投資を減退させる。この見方をとれば、投資指向のビジネスエリートの意見に耳を傾けやすい権威主義体制の方が、経済成長に向いているかもしれない。
データによる実証分析は、これら2つの相反する理論的予測のいずれを支持するのか。政治体制と経済成長の膨大な研究は、サンプルや統計モデルの違いなどにより異なる実証結果が報告されてきた。
しかし最近、イタリアのサクロ・クオーレ・カトリック大学のロシグノリ助教授らの研究グループは、過去約35年の間に発表された、民主主義と経済成長の関係について調査した188本の論文、計2047 の統計モデルを含めた過去最大規模のメタ分析をおこない、既存の研究知見が全体としていかなる傾向を示しているのか検討している (Colagrossi et al. 2020)。彼らのメタ分析が示唆するのは、民主主義が経済成長に対して正の直接効果をもつこと、そしてそのような傾向は、因果推論手法や洗練されたデータをつうじ信憑性の高い統計分析を用いる最近の研究でより顕著にみられることだ。
経済成長率など経済パフォーマンスに関するマクロ経済指標は、権威主義体制において政権に都合よく操作されやすいことは複数の研究で指摘されている (Magee and Doces 2015; Martinez 2021)。独裁政府に有利なバイアスがかかりやすい経済成長率であるにもかかわらず、それが民主主義と頑健な正の相関関係をもつというメタ分析の知見は、民主主義は経済成長を阻害するものではなく、むしろ促進するものである、という見方を支持している。