民主主義と経済政策
これまで見てきた分析は、経済成長や公衆衛生といった政策帰結に関して民主主義が与える影響についてであった。しかしそもそも、国家は経済政策をとおしてこれらの社会経済パフォーマンスを生み出そうとする。政策帰結に政治体制が影響しているのだとすれば、経済政策にも民主主義と権威主義の違いが影響することになると考えることができるだろう。
多くの国では、政府は財政政策を策定し、中央銀行は金融政策を決定するというかたちをとっている。不景気のときには、金回りを良くするために拡張的な財政金融政策をとって経済を刺激する。アベノミクスの金融政策はその典型例だろう。他方、好景気のときには、インフレやバブルを抑制するためにこれらの政策を引き締める。経済状況に応じた適切な経済政策の決定が、物価高騰を防いだり、財政を健全したりして、長期的には経済成長や貧困の削減につながっていく。
こうした政策合理性と天秤にかけられるのが、為政者の近視眼的な、政治的生き残りの手段としての経済政策である。特に政治競争が存在する民主主義体制下で、有権者の歓心を得るために、政治指導者は経済政策を利用しやすいのではないか、という懸念は常に存在してきた。政策合理性ではなく、政権維持という思惑により経済政策が決定されるとすれば、民主主義の方が権威主義よりも恒常的に拡張的な財政金融政策が採られ、結果として深刻な財政赤字やインフレにつながってしまうかもしれない。
しかし、この民主主義と経済政策の関係の見方は民主主義の垂直的アカウンタビリティの側面を過度に強調したものであり、水平的アカウンタビリティの側面を過小評価している。ミシガン州立大学のボデア准教授と筆者は、いかなる条件のもとで法律上規定された「中央銀行の独立性」が政府の財政政策を統制できるのか検討した (Bodea and Higashijima 2017)。
中央銀行は、金融政策を引き締めることで――すなわち公定歩合を引き上げ、政府への貸し出しを制限することで ――政府の財政政策を律することができる。この中央銀行の金融政策の権限と自律性の程度は、中央銀行法に定められている。問題は、こうした中銀の独立性に関する法律上の定めを政府が遵守するかどうかだ。
権威主義体制の場合、独裁者は一手に権力を握っているため、法律上の取り決めをやぶってしまうかもしれない。したがって、中銀の独立性の高さは、法律に規定されていても金融政策への期待形成をおこなう多くの人々にとって信憑性をもたないかもしれない。逆に、民主主義体制の場合、執行府の首長は一度取り決めた法律を遵守するよう立法府や司法府、メディアなどによって監視・統制されている。したがって、法律上の中銀の独立性は高い信憑性をもつこととなり、政府の財政政策、そして人々の政策期待に大きな影響を与えるようになる。