民主主義は財政赤字を深刻化させるのか?
我々は、世界78カ国の財政収支と中銀独立性のデータを用いて、財政赤字が拡大する条件について実証分析をおこなった。我々の分析は、その国が権力の抑制と均衡を発達させ、メディアの透明性や司法の独立性が担保されていればいるほど、法律上規定された中央銀行の独立性の高さが財政赤字を改善する傾向にあることを見出した。
つまり、民主主義の両輪の1つをなす水平的アカウンタビリティがあるからこそ、中央銀行は「張子の虎」を超えて政府の財政政策を縛ることができ、政策合理性を高める可能性を、分析結果は示唆するのである。

選挙目的の政府の経済政策の操作、いわゆる政治的景気循環について考える際にも、水平的アカウンタビリティは重要になる。数多くの研究が示唆するのは、インフレや財政赤字を生み出す選挙目的の財政政策操作は、先進民主主義諸国で観察されにくく、民主化したばかりの国で特に生み出されやすいということだ。
筆者は、民主主義国と権威主義国を含む131カ国のサンプルを用いて、いかなる条件下で、選挙年の財政赤字の悪化が起こるか統計的に分析した。民主主義国家ではあるものの未だ民主主義の諸制度がしっかり確立されていない国々、あるいは複数政党選挙をおこなうものの選挙不正が原因で政権交代が起きない「選挙権威主義体制」と呼ばれる国々において、選挙年の財政赤字が統計的に有意に悪化していた (Higashijima 2016)。
民主化したばかりの国々では、選挙は自由かつ公正になったものの、執行府の権力を縛る水平的アカウンタビリティが未だ十分発達していない (O’Donnell 1994)。また選挙独裁制の国々は、権力の十分な統制がないことはもちろん、選挙前に大規模な財政出動をして市民の票を買い取り、選挙に圧倒的に勝利することで体制の頑健さや人気をアピールする誘因をもつ (Higashijima 2022)。
つまり、民主主義が高度に発達し水平的アカウンタビリティが担保される条件においてこそ、政策合理性をもった経済政策が採用されやすいのである。民主主義を「衆愚政治」と捉える見方とは、相反するものであろう。